括弧内は放送対象地域、加盟ネットワークの順。, 12005年に札幌テレビ放送(STV)はSTVラジオにラジオ放送事業と放送免許を譲渡・継承。22006年に旧ニッポン放送(フジメディアHD)は現ニッポン放送(LF)にラジオ放送事業と放送免許を譲渡・継承。32017年に第1次MBS(MBSメディア HD)は第2次MBSに放送免許を譲渡・継承。42018年に旧ABC(朝日放送グループ HD)は朝日放送ラジオにラジオ放送事業と放送免許を譲渡・継承。52019年に旧RSK(RSK HD)はRSK山陽放送に放送免許を譲渡・継承。, Category:フジテレビの人物、Category:産経新聞の人物、Template:フジテレビ歴代社長、Template:ニッポン放送歴代社長, 1文化放送グループは、フジサンケイグループに含める場合と含めない場合がある。2フジテレビジョン旧社。フジテレビ・ニッポン放送・ポニーキャニオン・リビング新聞の各グループの持株会社。3フジ・メディア・ホールディングス傘下の中核子会社21社。4上場企業を除く。また、過去に存在した法人も一部含む。5クオラス子会社。6フジ・メディア・ホールティングス傘下だが、実質的にはフジパシフィックミュージック傘下。7フジ・ミュージックパートナーズ子会社。8リビング新聞グループの中核企業、2018年3月にRIZAPグループ傘下に入りフジサンケイグループから離脱。9系列局のうち、仙台放送はフジ・メディア・ホールディングスの連結子会社、北海道文化放送、関西テレビ放送、テレビ新広島の基幹局3局は同じく持分法適用関連会社である。, FM補完放送を行うAMラジオ局・AMラジオ局・FMラジオ局・短波ラジオ局の欄の網掛の凡例■…JRN系、■…NRN系、■…JFN系、■…JFL系、■…MegaNet系、■…独立ラジオ局, NHKラジオ第1(地域別配信)とNHK-FM(全国配信)は「radikoプレミアム(エリアフリー聴取)」「radikoタイムフリー(過去1週間以内の聴取)」の対象外。, 設立日に株式会社ニッポン放送ホールディングス(旧ニッポン放送、現在はフジ・メディア・ホールディングスに吸収合併)より放送免許を継承。会社分割(フジテレビの完全子会社となる手続)により、現在の法人を設立, 文化放送の略称「QR」はニッポン放送同様、文化放送のコールサイン(JOQR)の下2文字である。, 2014年4月1日開始。radiko公式サイトのプレミアム会員登録(有料)を行う事で、前述の通常配信対象地域である関東1都6県外の日本国内でもradikoを利用した聴取を可能にするもの。, ジャニーズ事務所所属者出演番組はニッポン放送を含む各局ともに配信が休止された。各番組にゲスト出演する場合、出演部分及びその前後の配信を休止していた例が多いが、ニッポン放送の場合はそのまま配信された(後述の『ミュージックソン』に絡んで三宅健と坂本昌行が出演したことがある)。2015年度の『, 両スタジオは旧社屋6階にあり、レッドスカイスタジオはエレベーターを降りてすぐ手前で、ブルースカイスタジオはレッドスカイに隣接している。その名の通りいずれも椅子や床カーペットに赤・青を取り入れており、サブ・スタジオの壁面は赤レンガ一色だった。, 2020年1月6日から2月10日迄は第3、2月24日から3月19日迄、4階の第2生放送スタジオの機材、床材更新のため、片方のスタジオのみの使用となり第4スタジオを代理で使用していた, 主に同局で1番大きい「会議室 1」は、番組審議会、同局番組の大物芸能人の前室、職能団体向け、一部, アナウンスに関してはワイドFM開始時に墨田放送局が追加されたのを除けば変更はなされていない。アナウンスの最後は「JOLF JOLF お聴きの放送は皆さまのニッポン放送です。」というアナウンスである。, アナウンスに関しては技術情報の最後が「お送りします」ではなく「お送りしています」になっている以外は同じ。, 月-金曜深夜の『オールナイトニッポン0(ZERO)』が120分で5:00起点だった時期、後にチェックはせず、時報まではCMとジングルを流すのみ。朝一番の番組が『, 過去に「午前4時15分」や「午前4時30分」の時期もあった。また、特別番組の放送で開始時間を略する場合、「これから暫くの間お休みさせて頂きます。」に変更される。, かつて使用した「Orinoco Flow」「Caribbean Blue」「Book of Days」「Anywhere Is」が用いられた時もある。, 2017年12月にて定年後、嘱託にて再契約。2018年8月9日、台風情報の電話レポートにて出演し、以降, 東京都内の情報は東京センター(警視庁交通管制センター内にあるため、呼びかけでは「警視庁」と呼ばれる)、「首都高速ルート情報」(旧「首都高速MEX-i情報」)は首都高速センター(呼びかけでは「首都高」と呼ばれる)、夜間・早朝・土 日曜日・祝日と東日本地域全体の情報は九段センター(呼びかけでは「九段センター」と呼ばれる)が担当, 1989年4月に現在まで25年以上にわたり続く平日昼『文夫と明子のラジオビバリー昼ズ』の立ち上げたスタッフの一人で、月曜日などを担当。, 中波放送は波長が長いため高さ110m前後の大規模な送信アンテナ、そしてラジアルアース確保のために半径150m程度の広大な土地が必要となることから川沿いに設置されることが多く、河川の氾濫で送信所が停止した際に旧送信所を利用した足立予備送信所で代替するには小出力(1kW)であり、住宅密集地にあるため増力も困難。, 上柳が2008年3月21日のNHKラジオの特番の発言・ニッポン放送デジタルタイムテーブル, 設立時はニッポン放送・文化放送の出資により設立された。文化放送がその後、出資比率を下げたため、ニッポン放送の子会社であったが、資本関係のねじれの是正に伴い、旧ニッポン放送を吸収合併して親会社となり、さらに旧フジテレビジョンの持株会社化に伴い、フジテレビジョンが新しく設立された。現在のフジテレビジョンは兄弟会社になる。, 電気興業株式会社 傍島幸司「特集アンテナ技術 中短波放送用アンテナ」『映像情報メディア学会誌Vol.66, No.12』、映像情報メディア学会、2012年, radikoタイムフリーでの聴取に配慮しての構成であるが、これに伴い、各番組の構成も少し変更されている。, 『民間放送十年史』(日本民間放送連盟・1961年12月1日発行)392頁第2部各社史録の「ニッポン放送 年表」。, 出典:『民間放送十年史』第2部・各社史録388頁「ニッポン放送」の項。これに当時の送信所の住所の記載がある。, 「糖業会館・ニッポン放送本社ビルのステンレス避雷針モニュメント」、『ステンレス建築 No.25』、社団法人ステンレス構造建築協会、2004年, 通常はラジオリビングの受電及び打合せ室となっているが、ミュージックソンの時などはこの部屋を利用してリスナーからの電話を受け付ける。, 旧:エル・ファクトリー合併、新会社設立前から同フロアに所在していたが、一時旧:サウンドマン入居テナントに入居していた, 過去、インターネットラジオ Suono Dolce専用に「スタジオX」が設置されていたが、2016年3月を持って改称。現本社新築工事中所在していた、, ラジオ・チャリティー・ミュージックソン スペシャル 『I'm with U キミと、24時間ラジオ』, たけし みゆき 千春も登場! 出典:サンスポより引用 mbs毎日放送の山崎香佳アナウンサー。 人気番組「痛快!明石家電視台」の8代目アシスタントに就任し話題となっています。 その山崎アナですが、年収はどのくらいなのでしょうか? また、出身高校・大学はどこなんでしょうか? #茶屋町怪談 女性怪談作家SPを 太郎の女子アナ日記 川地洋平・山崎香佳アナウンサーと ニッポン放送の新行市佳アナウンサー。 個人的には全く知らない女子アナさんだったんです。 新行アナを知ったのは、mbs毎日放送のラジオ「子守康範 朝からてんコモリ」という番組。 その番組に出演されていた女優の鈴木杏樹さんがスキャンダルで降板。 Rock&Go!」も併用している。, 本記事は1954年(昭和29年)4月13日から2006年(平成18年)3月31日まで存在してフジテレビ(会社法人としては現在のフジ・メディア・ホールディングス)に吸収合併された旧会社と、2006年(平成18年)4月1日に分割新設された現行会社について述べる。, 東京地区で1950年代初頭に開局した民放のラジオ東京と文化放送[注 3]に続き、1954年に財界を中心とした約200社の出資で開局[注 4] した。当時の役員は財界人で構成され、会長は日本貿易会会長の稲垣平太郎、社長は経済団体連合会(経団連)副会長の植村甲午郎、専務取締役は日本経営者団体連盟(日経連)専務理事の鹿内信隆、取締役は日経連会長で日清紡績社長の櫻田武が務めた。これらの陣容から、当時に珍しく開局2年目で経常収支が黒字となった[6]。, 産経新聞、夕刊フジ、サンケイスポーツなどを発行する産業経済新聞社やフジテレビとともにフジサンケイグループを構成する中核企業である。文化放送と長く提携関係にあり、文化放送とともにラジオネットワーク「NRN」のキー局を務めている。, 社章と社旗は、フジサンケイグループ各社の統一シンボルマーク「目玉マーク」を使用する。開局から目玉マーク制定前は、ニッポンの"N"とコールサインの“LF”を電波型にデフォルメしたマークを使用した。, フジテレビの親会社となる存在であったが、2005年(平成17年)1月17日からフジテレビが子会社化を目的に株式公開買い付け (TOB) を実施する。同時期にインターネット関連会社ライブドアが経営権奪取を目的として大量のニッポン放送株式を取得したが同社と4月18日に和解が成立し、9月1日にフジテレビの完全子会社になる。様々な問題提起を残した本件はニッポン放送の経営権問題に詳述がある。, 『オールナイトニッポン』などのキーステーションとして全国的に知られるが、ラジオ関東が1981年10月に社名をアール・エフ・ラジオ日本、通称を「ラジオ日本」と改称すると、混同による錯誤から「ラジオ日本放送」の誤記、郵便物の誤送、間違い電話などが続発したことから「アール・エフ・ラジオ日本」の商号の使用停止を求めて提訴した。判決は請求棄却・ニッポン放送の敗訴で確定[7][8] した。これらのことから、全国ネットの番組では郵便の宛先を紹介する際に「カタカナでニッポン、漢字で放送」と呼びかけることがある。また、ラジオ日本では原則として頭に中波本局周波数の「1422」(いちよんにーにー)と冠する。, 1997年(平成9年)3月24日から2004年(平成16年)9月5日まで、本社として使用するビルの建て替えに伴い、東京都港区台場のFCGビル(通称フジテレビ本社ビル)へ移転[9] した。, レコードとCDを約23万枚保有[注 5] し、民間放送局では2012年現在で最多[10] である。, 設立に財界が関与したことから長らく労働組合が存在しないラジオ局であったが[12]、ライブドアによる買収問題が契機となり、労使話し合いの場になっていた「いちご会」と称する30代以下の若手社員有志組織を母体として、2005年3月に組合結成を準備[13] して9月12日に労働組合が結成された[14]。, 時報音は「ピポ、ピポ、ピポ、ポーン」と鳩時計を模した特徴的な音[15][16] を使用しており、ステレオ音声(AMステレオ放送・ワイドFMなど)では、「ピ」(正弦波660Hz)は左チャンネル、「ポ」(正弦波550Hz)は右チャンネル音量をやや大きくしている。radikoでは、時報は別の効果音に差し替えられている[17]。時報CMが無い場合はスポットCMから時報につながるが、1990年代までは時報前にアナウンサーによる次の番組案内と「○時をお知らせします」という時刻のアナウンスがあった。, FM放送補完放送中継局として2014年9月3日に予備免許が付与され、東京スカイツリーにニッポン放送、TBSラジオ、文化放送の3社が共同でアンテナを設置して2015年10月5日に試験放送を開始し、12月7日13時00分に本放送を開始した[26][27][28][29][30]。AMの補完目的で放送されるためFMはサイマル放送される[28][31]。, 2015年3月30日から在京3局はFM補完放送の通称を「ワイドFM」とした。ニッポン放送の補完中継局の愛称は、当初「+FM93」(プラスエフエムきゅうじゅうさん)[28] としていたが、「ワイドFM」の愛称導入と同時にニッポン放送2015年春のキャンペーンコピーにかけて「Happy FM 93」(ハッピーエフエムきゅうじゅうさん)[32] とした。, 日本記念日協会に申請して9月30日が「HAPPY FM93の日」と承認された。認定式の模様は公開生放送の『大谷ノブ彦 キキマス!』で生中継された[33]。, 2014年5月27日から、関東地区のJ:COM各局でTBSラジオ・文化放送とともにJ:COMテレビのデータ放送でAMラジオ音声の再送信が行われており、音声はテレビ受像機で聴取する[34][35]。, 『radiko』は2010年3月15日の試験配信開始から参加しており、当初は南関東の東京・神奈川・埼玉・千葉が配信エリアだったが、12月1日の本サービス以降は北関東の群馬・栃木・茨城も配信されている。, タイムフリー聴取[36] は2016年10月11日に開始されてニッポン放送も番組表を刷新したが、『テレフォン人生相談』は現在対象外である。, 2018年4月1日5時に『タッキーの滝沢電波城』『中居正広 ON&ON AIR』『オールナイトニッポンサタデースペシャル 大倉くんと高橋くん』が、radikoプレミアムでエリアフリー聴取可能[注 6][注 7] となり、4月7日土曜日の放送からエリアフリーとタイムフリーにも対応してエリアフリー未対応番組は全廃[注 8][注 9] された。, 番組表は、フロート番組も独立させて表記する(そのため、内包するワイド番組は枠が細切れになる)[37][38]。また番組のバナー画像は、各番組にもれなく設定されており、局標準仕様の画像は「放送休止」枠で見られる程度である。, 産経新聞東京本社版のラテ欄は番組タイトル部分をゴシック体で表記している[39]。フジテレビの番組欄は黄色で網かけと今日のみどころが補足されている。, 鳥取県の日本海新聞は関東のラジオ局で唯一当局を取り上げて早朝からの全日分掲載するが、昼間の聴取は困難を伴う。, ニッポン放送は1960年代 前半、テレビに押され気味だったラジオの媒体価値を高めるべく、ラジオがより身近な存在である事をアピール。局舎以外に公開スタジオを設置する事となり、これをサテライトスタジオ(通称・サテスタ)と呼んだ。このサテスタ作戦は成功し、文化放送は追従したが、TBSラジオは街頭中継に力を入れた(=ラジオカーの増強)ため、追従はしなかった。, 4年毎に車両更新され、ラジオカーの最大出力は50W。中継は、霞が関ビルディング・筑波山・双子山に設置された基地局に送られ、そこから専用回線を使って本社に送られる。2018年時点の車両には、車体正面と側面にニッポン放送のロゴとフジサンケイグループの目玉マークが描かれている。また、FMカーの側面にはワイドFMのコールサインである「FM93」のロゴが描かれている。ロゴナンバープレートは希望番号制度導入以降、全車AM放送周波数の「12-42」にて登録されている。, 1959年(昭和34年)に日本のラジオ局で初めての交通情報番組「ハイウエーニュース」を放送開始し、1960年頃に主要13交差点の混雑状況を報じる「交通ニュース」も放送開始。その後アメリカのラジオ局にならい「ニッポン放送ヘリ情報」と題してヘリコプターから交通情報や報道を行っていたが、日本道路交通情報センターが設置されたためヘリコプターを廃止。その後1970年(昭和45年)3月2日に街角からのリポート・報道中継を目的として、中波民放ラジオ局としては初めてラジオカーを導入。その後、各局が追随した。当初は2台(セダン型の車両を使用 愛称:ニッポン1号・ニッポン2号 塗装は、緑と白の塗り分け)で、JAFのロードサービス隊員が乗車していた。, 開局当時から、民間放送では唯一、君が代が演奏されている。1998年(平成10年)3月までは毎日の放送開始=24時間放送に移行後は1日の起点時間に毎日演奏されていたが、同年4月以後は月曜日と土曜日の早朝の開始(起点)時間に演奏されるのみとなり、火 - 金曜日と日曜日の早朝のジャンクションは、フランク・ミルズの「街角のカフェ(from a sidewalk cafe)」の演奏と共にアナウンスが行われていた。2015年12月現在、基本的にIDの放送は日曜の早朝と月曜の早朝のみとなった。, 【日曜の早朝】 4:28頃に『オールナイトニッポンR』のCM枠内で、「有楽町レコメンド」のあとに増山さやかと飯田浩司によるものが週替わりで[注 19] 流される。4:29.40から4:30.00まではCM枠を再びフェードインさせてつないでいる。起点である5:00のところは以前は前番組から1分間のステブレを挟んだが、現在は時報を挟んだステブレレスである。, 【月曜の早朝】 以下の通り、試験放送後に増山さやか[注 20] によるコールサインチェック[注 21]、那須恵理子による緊急警報放送試験信号の発信、5:00の時報となって、『上柳昌彦 あさぼらけ』へつなぐ。終夜特別編成になる場合はコールサインチェック・緊急警報放送試験信号は放送されない。かつては火曜 - 土曜の早朝も緊急警報放送試験信号を省略した以外はこの内容だった[注 22]。, 【火曜 - 土曜の早朝】 火曜 - 金曜は4時30分、土曜は5時00分が起点である。月曜日から金曜日は『オールナイトニッポン0(ZERO)』からステブレレスで朝一番の番組へつなぐ。土曜は従来通り番宣CM(だいたいが土曜午前中のワイド番組の予告で、その前後をジングルで挟む)でつなぐ[注 23]。, かつては、「ニッポン放送行進曲」(作曲:古関裕而)なる曲が毎朝放送されており、現在も入社式で使用されている[136]。, 終了時は増山さやか(2000年代 - )のアナウンス。アナウンスに関してはワイドFM開始時に墨田放送局が追加されたのを除けば変更はなされていないが、昭和天皇の病状が悪化していた1988年冬頃は「…これから暫くの間お休みさせて頂き、午前5時から再び放送を開始致します。[注 24] 」の後に、「なお、天皇陛下のご病状に関する新しいニュースは入り次第お伝えいたします。」という内容のアナウンスが追加されていた。, 1980年代から1990年代には、「朝もやの渚(Sleepy Shores)」の後にも、朝の局名告知で使用されるフランク・ミルズの「街角のカフェ(from a sidewalk cafe)」が、続いて1分15秒ほど流れていた。, 一日中放送内でCM明けにコールサインが放送され、1時間ごとに、IDコールが行われる(無線局運用規則第138条第2項の毎時最低1回の局名告知義務に基づくもの)。広告入りの物もある。, 月曜日の早朝はメンテナンスが実施されて4時45分から試験放送が行われる。2007年9月から2010年6月までは、4:30開始の小倉淳の早起きGoodDay!が放送されて4時15分から[注 25] であった。2008年度(平成20年度)から試験放送中はエンヤの「Amarantine」「It's In The Rain」「Long Long Journey」[137] がそれぞれ順に演奏される。試験電波発射中は2016年3月28日から東島衣里、 2015年12月14日から2016年3月14日まで箱崎みどり、以前は新保友映がそれぞれアナウンスし、以降は那須恵理子が担当してコールサインチェック、君が代の演奏、緊急警報放送システムの試験信号が放送されて通常放送を開始する。, 2013年12月23日の木更津送信所からの試験放送は、エンヤの代わりにクリスマスソングを演奏して通常と異なるアナウンサーが担当し、オープニングのコールサイン以降は那須恵理子[138] がアナウンスした。, 足立予備送信所からの試験放送も同様だが、木更津での試験電波のセットリストの「Amarantine」「It's In The Rain」「Long Long Journey」のパターンとは別となっており、エンヤの別の曲が用いられたり、[注 26] 別のアーティストが使われたり[注 27]、放送が年によって異なる(この際は通常「周波数、1242 kHz。出力、100kWで、ただ今試験電波を…」のアナウンスが「周波数、1242 kHz。出力、1 kWで、ただ今試験電波を…」に変わる)。, FM補完放送開始後もオープニング、クロージングで使用している曲は変更がない。「周波数、1242 kHz。出力、100 kW、墨田放送局、周波数、93.0 MHz、出力、7 kWで…」とFM補完放送の部分が追加されているが、AMの木更津送信所の名称は触れていない。緊急警報システムの試験信号放送は以前は日曜深夜の放送休止のアナウンスが入る前に行なわれていた。, 1999年(平成11年)7月から2001年3月にかけて、学研が終了時の枠を買い取り、突如終了時にノイズが入り(終わったかのように思わせて)、オカルト怪談のラジオドラマを約10分近く放送していた。本編のあとには雑誌ムーの宣伝という構成であった。当時のタイムテーブルには「日曜の夜に何かがおこる」とあり、番組名は記されていなかった。一方、新聞の番組欄では「1:28 ムー」記載がとあった。当然ではあるがそのあとに本当のクロージングは放送している。内容としては、通常のクロージングのように「JOLF JOLF お聴きの放送は皆さまのニッポン放送です」(ただし担当は別人)と入れたのちに「朝もや」を流すが唐突にホラー音楽が流れ、先程のコメントに不気味なエフェクトをかけて怪談のラジオドラマを流していた。, ニッポン放送で流される局名告知の短いIDは、後述のキャッチフレーズを使用したジングルと、アナウンサーが読み上げるものが存在する。2015年12月6日までは以下の通りで、那須・山本・新保友映・飯田浩司によるものが流されていた。, 1994年(平成6年)10月 - 2006年(平成18年)9月まで放送されていたTOYOTA 飛び出せ街かど天気予報のウェザーキャスター。, 「オーディエンス・セグメンテーション」(Audience Segmentation)は、ニッポン放送が提唱したラジオ番組編成理論。時間帯によって主たる聴取者を選択し、その聴取者層に合わせて番組を編成する(例:朝・夕方―通勤者、昼―自営業者、車両で外回りする人、夜―若者 これは大まかな分け方で、実際には更に細分化している)。, 元々は1960年代前半に広告業界でテレビへの大規模なシフトが起き、ラジオ広告費が大きく減少したことに対応して抜本的な編成方針の見直しを迫られたことから導入したものである(ラジオ離れ#1960年代も参照)。厳密な市場調査を重ね、1964年(昭和39年)4月編成より導入した当初は各方面から無謀ととらえられたが、ニッポン放送の成功により文化放送も追従。MBSラジオなど全国各局もこれを取り入れた。TBSラジオは当初これに対抗してあらゆる層の聴取者を対象とした総合番組(「オーナー」等)を制作・編成する方針を打ち出したものの、結局は導入した。, この理論は長らく民放中波ラジオ編成の基本とされてきたが、近年では聴取者の高年齢化や若年層のラジオ離れ、働き方の多様さなどの要素が作用し、理論が当てはまらなくなりつつある。, ニッポン放送が出資している主な放送事業者は以下の通り。発行済株式総数に対する出資比率を記し、放送局名が太字のものは筆頭株主であることを表す(2010年3月31日時点[156])。