余命予測をすれば、前もって心の準備(心づもり)ができます。大切な人とお別れしなくてはならない家族や介護をする方にとって重要な知識なので、よく理解しておきましょう。 最後の一週間に生じる症状を正しく理解しておけば、あなた自身戸惑わず、自然とお別れを受け入れられるようになります。 残された時間が数週間になると、極度に筋力低下してしまい、座る、立つなどの簡単な動作も時間がかかるようになります。 残された生存期間(余命)が2週間前ぐらいから、様々な日常的な活動が制限 … がん/ガンの余命予測、1週間、1ヶ月の症状。 2017.10.28 2018.11.20. 小児がん闘病記~白血病発病から最期まで~ 2018.02.15 2018.11.20. 小児がん闘病記~白血病発病から最期まで~ 2018.02.15 2018.11.20. がん/ガンの余命予測、1週間、1ヶ月の症状。 2017.10.28 2018.11.20. (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 余命予測をすれば、前もって心の準備(心づもり)ができます。大切な人とお別れしなくてはならない家族や介護をする方にとって重要な知識なので、よく理解しておきましょう。, 最後の一週間に生じる症状を正しく理解しておけば、あなた自身戸惑わず、自然とお別れを受け入れられるようになります。, 残された時間が数週間になると、極度に筋力低下してしまい、座る、立つなどの簡単な動作も時間がかかるようになります。, 残された生存期間(余命)が2週間前ぐらいから、様々な日常的な活動が制限されます。他人に力を借りないと生活に不自由します。移動は特に症状が現れます。余命3週間ぐらいまでは自力でトイレに行けても、2週間前になると自力でトイレに行けなくなるケースが多くなります。, 要するに排泄をオムツするようになります。ベッドの上で排泄をするため誰かの力を借りないと生活が不可能になってきます。, 残された時間1週間になるとトイレに行けないなどの不自由さに加え、だるさやせん妄などの辛い末期症状が強くなってきます。そのような症状が見られたら、そんなに長くはありません。, 筋力低下のため移動をほとんどしなくなり、自分で自分の体の向きを変えることも出来なくなります。ほぼベッド上の生活です。, 起き上がるために他人の力が必要になる場合もあります。浮腫や胸水が溜まるため、24時間座って過ごす方も少なくありません。少し動いただけで息苦しく感じるようになり、酸素マスクをつける方が多いです。, ベッドの上で過ごしているだけなのにだるさを訴えます。寝ている時間は長いのですが、熟睡感が得られず不眠を訴えます。, これが最後の一週間の状態ですが、話ができないわけではありません。難しい話や判断はできませんが、簡単な意思の疎通は最後の数日までできます。, これらがん末期に現れる共通した症状は数ヶ月ぐらい前から現れ、臨終に向かい強くなるといわれております。, 最後の一週間になると治療の効果が現れにくい「だるさ」、「息苦しさ」「食欲低下」が強く現れる印象です。, 最後の数日で現れる症状は記事の最後の関連記事欄に載せておきました。参考にしてください。, 腫瘍が大きくなればなるほど、異常な体重減少が進行します。最後の最後まで体重や筋肉は減り続けます。, 異常な体重減少は筋力低下を引き起こすだけでなく、食欲低下、体のだるさを生じます。最後の数週間ぐらいで食事ができなくなり、最後の一週間はほとんど食べれず、体のだるさが強くなります。, 余命一週間の時点が「からだのだるさ」のピークです。健康な時に感じるだるさとは比べ物にならないほど強いだるさのようです。起きているだけで、「体がだるくて死にたくなる」ような感覚だと言います。, 余命一週間の時点のからのだるさは、人によっては「死なせてほしい、殺してくれ」と願うほど辛いようです。, だるさに対する治療法にステロイドがあります。ステロイドが効果があるのであれば余命は一週間以上あるでしょう。ステロイドの効果がないようなだるさを訴える場合、残されている時間はそれほど長くありません。, だるさの症状が極度に辛い時は、眠るしか症状を消す方法がなく、鎮静を選ぶ場合もあります。, おおよそ余命の2週間前になると、食事が出来なくなります。食欲低下と食べる力が減退するためです。, 余命一週間の頃は、ほとんど食べ物は口にしません。氷やアイスクリームなど口当たりが冷たいものは口にできるかもしれません。飯はほとんどの方は口にすることすらしようとしません。, おへそより下で発生するがん(卵巣癌、子宮頚がん、子宮体がん、大腸癌など)は足の浮腫(むくみ)が強くなり、ゾウの様な足になります。指ですねを押すと、指の跡が残るようになり、今まで履いていた靴が履けなくなります。, 栄養状態が悪化していることと、足からのリンパの流れが滞ることが原因です。末期に近づくと、脚の浮腫が強くなってきます。特に余命一週間のころは、足が太くなりすぎて自分の力で足を動かすことも出来なくなることがあります。, 余命一週間前であれば、マッサージや体位の工夫で浮腫の張り痛さを軽減することができますが、一週間を過ぎると浮腫が改善することはほとんどありません。, 臍より上、横隔膜より下で発生する癌(胃がん、膵がん、肝臓がん、卵巣癌など)の場合、腹水や胸水がたくさん溜まるようになります。, 腹水による腹部の張り痛さは辛く、利尿剤や麻薬性鎮痛剤で苦痛を軽減することは出来ますが、完全に症状が消えることはありません。, 胸水や腹水を抜いてもらうことで症状が軽くなります。しかし、体のタンパク質を排出することになり、体力を奪います。つまり、体が痩せてしまうのです。, 症状を取るために胸水、腹水を抜ける状態ということは、まだ余力が残されており、余命は一週間以上あると思われます。, 病状が悪くなり、胸水や腹水を抜くと血圧が低下しそうな場合は、水を抜くことはできません。このような状態の場合余命はそれほど長くないでしょう。, さらに頭の機能が低下し、余命が一週間を切る頃になると、つじつまの合わないことを言うことがあります。ベッド上の生活なのに、「出張に出かける」とか「弁当を作る」などの発言をします。本人にとってすれば、間違ったことを言っているつもりはないので、否定せず、話を合わせてあげてください。, ちょっとおかしいな?と思ったら、日付や場所を質問してみてください。的外れな回答をするようであれば、頭の機能が相当低下してきています。, 人によっては幻覚を見ることがあります。夜中に知らない人がお見舞いにきてくれたとか、少年が病室に立っているとか、犬が部屋にいるといった幻覚をみるようになっているかもしれません。これをせん妄と言います。, 臨終に向かい、癌自体が大きくなると痛みが強くなる傾向があります。余命一週間ぐらいが痛みのピークになります。一週間を切ると、意識状態が悪くなり、痛みの訴えが減っていきます。, 余命一週間を切った頃に現れにくく、余命数日で現れる症状もあります。そのような症状には尿が出ない、チアノーゼ、言葉にならない声を出す、だるさが楽になる、眠ったままになるなどがあります。, 余命を一週間を切ってしまうと、自力で移動、排泄、食事、着衣・脱衣、入浴を行うことはほとんど出来ません。, さらにだるさ、つじつまの合わない言動や幻覚、食べれないなど末期特有の症状も悪化してきてくるでしょう。, このような時期は、家族の支援が必ず必要になります。病気の本人が何も出来ずに困ってしまうのは1〜2週間の間だと思います。この時期はお別れの準備期間としても大切な時間です。, ご家族がその期間は出来るだけ時間を作れるように予め準備しておくと、ジタバタすることなく落ち着いた気持ちで過ごせると思います。, ここまで読んでいただき、ありがとうございます。このサイトには他にも余命に関する記事があり、役に立つと思います。参考にしてください。, 当サイトに訪れていただきありがとうございます。 ガンの治療というと、克服すること、長く生きることを第一に考えてしまい、ガンがどのような経過をだどるのか、どのように人生の終焉を迎えるかについて考えることに消極的な方が多いようです。ガンの経過についての知識を深めることは、不安を減らす力になります。ガン治療のどの段階であっても、癌とともに生き、後悔を出来るだけ減らし、人生を最後まで生き抜くヒントが見つかるきっかけになることを願い、リアルでわかりやすい情報を提供していきます。. 大切な家族や愛する人が末期がんで最後の時間を迎える時、どういった兆候が現れるのでしょうか。 最後の数日間、数時間に起こるであろう症状を予め知っておくことで、心の準備や今何を優先してしなければいけないことがわかるようになります。 ... 末期がんの余命宣告の告知を受けた時に一番多い期間として「3ヶ月」がよく挙げられます。 体調がおかしいなど自覚症状が出始めて病院に行く時期として多いそうです。 今回は、がんの余命3ヶ月の症状と、患者さんと家族に何ができるか... 末期癌の患者さんは病状が進行するにつれて、行動や発言、会話に変化が生じてくることがあります。 今回はそういった末期癌の患者さんの感情の変化について、理解して欲しいことを体験談を通じて書き残していきます。, 末期がん患者に退院を勧告するとき、「これ以上治療による軽快が見込めません」「残された時間を有意義に使ってほしい」という意味合いがあります。 最期の時間が限られている家族、愛する人に何ができるのか、一緒に考えていきませんか。. がんの進行や病状には個人差があり、急変することもあるので、確実な余命予測は非常に難しいです。, しかし大体どれくらいの時期にどのような症状がでるかを知っておくだけで、家族も心積もりができてくるでしょう。, がんの終末期の症状として挙げられるのは主に二つです。全身が痩せる頭の機能の低下 体が痩せることは「悪液質」と呼ばれるものです。, 悪液質とはカヘキシーとも呼ばれ、何らかの疾患を原因とする栄養失調により衰弱した状態を指します。, 健康であれば痩せることは難しく、ダイエットも難しかったのに、がんになるとあっという間に筋力が衰え、痩せていきます。, そのため、家族や周囲が思っている以上に、終末期のがん患者は死を恐れることはなくなっていきます。, ※悪疫質についてはこちらにも書いていますので、あわせてお読み下さい。参考がん・癌の悪疫質と筋力低下について知っておきたいこと。, 余命1ヵ月の目安となる症状は以下のとおりです。薬によって軽減できない足のむくみが出てくる。急に食事がとれなくなる、歩けなくなる。会話に整合性がとれなくなる、かろうじて会話ができる状態になる。 がんの種類や進行具合によって個人差がありますが、余命1ヶ月になると、これらの症状が現れ始めます。, 友人や知り合いなど、ご家族以外で顔をあわせておきたい、会いたい人はこの時期にお見舞いに行くのが時期としてはギリギリです。参考末期ガンのお見舞いで適切な言葉とお見舞い品について。, 薬(利尿剤)で軽減できることもありますが、改善されない、効果が薄くなると、余命1ヶ月程度と判断される場合があります。, このときは既に移動は車椅子でしたが、妻は「もう足の感覚が薄い。足と地面の間に水風船があるみたい」と言っていました。, 今までできた食事や徒歩での移動などが急にできなくなると、残された時間は1ヶ月程度と判断することが多くなります。, ほんの数メートル室内を歩き回っただけでぐっすり眠ってしまうくらい疲れてしまうこともあるので、移動はサポートをするようにしましょう。, しかしながら、散歩の気分転換は患者さんにとって精神的に大きなリラックス効果をもたらします。, 寝たきりになってしまうまでは、体調をみながら車椅子でも散歩をできる限り続けましょう。, 食事は医師の許す範囲で、できる限り本人が食べたいものを消化しやすい形にして作ると良いでしょう。, このころの食事介助についてはこちらに書きましたので読んでください。参考末期がんで食事がとれない時の余命判断と家族ができること。, 意味のない話をずっとし続けたり、会話の内容とまったくあわない受け答えをしたりするようになりました。, 患者さんが何か大切なことを言い残したいという場合は、この時期の前に伝えのこせると良いかもしれません。, ※書ききれなかったことをこちらにも書きましたので、あわせて読んでください。>>末期がんの余命1ヶ月の症状と家族ができること。, 表情が乏しくなる。水が飲めなくなる呼びかけに反応しなくなる。見えないものが見える、うわごとを言うようになる。 このころになると、1日をほぼベッドの上で過ごすことになります。, 会話もなくなり、ぼんやりしていたり、眠っていることが多くなっていき、うわごとや見えないものがみえると言うようになったら余命は1週間程度と考えられます。, また、患者さんとの最期の別れ、看取りをどうするかも考える時期です。>>末期がんの余命1週間の症状と家族ができること。参考末期がんの看取り方(在宅/病院)-悔いのないお別れのために-参考末期がんの最後の数日間と数時間に起こる症状と家族の向き合い方。, 「いたい…いたい…」と痛み、苦しみを訴える時だけ、苦しげな表情になった以外は、無表情が多くなり、たまに視線をあわせる程度になりました。, 会わせたい人や友人の面会はこのころがぎりぎりで、できればもっと早いほうが良いかもしれません。, 余命一週間になると、水すら飲めなくなってしまうといった症状が現れることがあります。, 本人に「飲みたい」という意思はあるのですが、口に含んでも飲み込むことができずに口から垂れ流してしまう状態になってしまうのです。, 妻の場合は、ストローや吸飲みを使っても、吸い上げる力が残っていませんでしたので、脱脂綿やコットンに水を含ませ、唇からほんの少しずつ流し込むしかできませんでした。 (あまり多く流し込むと誤飲する危険があるため), 脱脂綿に含ませ、流し込むと、おいしそうに飲んで、かすれた声で「おいしい…」と言ってくれたのを思い出します。, 亡くなる1週間前ぐらいになると、眠っている状態で声をかけても、肩を軽くゆすっても起きてくれなくなることが多くなっていきます。, 薬で鎮静をかけている状態もありましたが、頭の機能低下に伴い、周囲の呼びかけに対する反応は薄くなると考えてよいでしょう。, このときは「逝かないでくれ」というより、「どうか苦しまず安らかに旅立って欲しい」という気持ちが強かったのを覚えています。, 「この症状が始まったから余命1ヶ月」「こうなったからもう1週間くらい」という完全な指標はありません。, 急な痩せ、呼びかけへの反応、会話の流れなどから少しずつお別れの時間が迫ってくることを判断するしかありません。, 論理的な会話が得意だった弟の話に整合性がでなくなってきたとき、これも末期がんの症状なのかとおろおろするしかありませんでした。, 弟の最期にはたちあえませんでした。 電車一本乗り遅れたばかりに。一生後悔するでしょう。. ©Copyright2020 もう治らない人のために.All Rights Reserved. 院長コラム・癌(がん)の末期から生還する人は少なくない!をご紹介します。名古屋のがん治療専門の内藤メディカルクリニックでは、最先端の研究を行う国内最大級の免疫細胞培養センターを併設しており、患者さんにご安心頂ける免疫療法(免疫細胞療法)を提供しております。 がん/ガンの余命予測、1週間、1ヶ月の症状。 2017.10.28 2018.11.20. (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 二人を失った悲しみの日々から前を向いて生きていく自分自身のためにも思いを書き残していきます。, 愛する家族、恋人、友人ががんになったときにできること、悔いのないお別れをするために。, 体力も落ちてきて、食器を持つのも辛くなってくきますので、その場合は流動食にしたりなど、食事介護が必要になります。, 痛みを抑えるために眠らせる処置を勧められることもあるので、家族としてやっておきたいことは、余命2ヶ月くらいまでに終えておきましょう。. 末期がんで腹水が出たときの余命はどれくらいなのか。 2018.12.19. 末期がんで腹水が出たときの余命はどれくらいなのか。 2018.12.19.

末期がんで腹水が出たときの余命はどれくらいなのか。 2018.12.19. 2018.02.16 2018.11.20. 2018.02.16 2018.11.20. 癌(がん)の末期から生還する人は少なくない!|愛知県名古屋市のがん治療専門クリニック, 病院で末期がんと診断されて余命宣告されたとしても、決してあきらめることはありません。なぜなら、がんの進行度は、必ずしもその患者さんの病状や体調とは一致しないからです。, たとえば同じ末期がんで「余命6か月」と宣告された人でも、普通に日常生活が営める元気な人もいれば、ほとんど食事もとれず、点滴を打って寝たきりになっている病人然とした人もいます。そのように、見た目だけでも明らかな差がある患者さんを、病気の進行度だけで同じ余命だと決めつけることに非常に違和感を感じます。, 杓子定規に病気のデータだけを見て、同じステージとして扱うことで、闘っている意識が強い患者さんまでが衰弱している他の患者さんの姿を見て、自分も同じ病状なのだと考えるようになり、それが原因でだんだん精神的にも衰弱してしまうのです。, 例えるなら、癌のステージや余命宣告というのはいわば、誰かが決めたひとつの名字のようなものです。, 同じ「Aさん」という名字であっても人間は十人十色です。誰一人、全く同じ人はいません。それと同時に、同じ「余命6か月、ステージ4」の患者さんでも、がんの発症部位や転移の状況、大きさ、その人の年齢や、精神状況など、癌克服の強い意志がある人など、症状はさまざまです。また、人に個性があるように、例え病気になったとしても年齢や性格、考え方、生活習慣、生き方により、一人ひとりの「いのち」には違いがあり、個性があります。, ところが「あなたはステージ4ですね。余命はこのぐらいです。」と宣告してしまうと、その医師にとってあなたは一人の人間ではなく「ステージ4の余命3か月の患者」とデータ的判断に基づき、どの患者さんもみな同じように扱ってしまいます。, それはまるで「Aさん」という名字をつけてしまったために、その名を持つ人が皆同じ顔に見えているようなものです。医師は病気のみを診るのではなく患者自身を、深く見ることがとても大切であり、病名は同じであっても、患者自身の個性、生き方はそれぞれ違うのです。病気と患者さんの生き方も診断し、総合判断をするべきです。, さらに悪いことに、患者さん本人まで、自分は「A」という名字をつけられた以上、隣のAさんと同じ顔をしているのだと勝手に信じ込んでしまいます。そうやってせっかく強い潜在生命力を持っているのにもかかわらず、それを見過ごしてしまい、治療に役立てることができないのです。, それどころか病状ではなく抗癌剤点滴を打って、その強い副作用で苦しんでいる人を見て、病状が悪化している、自分もすぐにこうなるのだろうと思い込み、どんどん落ち込んでいってしまいます。, 私が「余命」や癌のステージにこだわらないのは、患者さんが言葉の持つマイナスイメージにより精神的なダメージを受け、がんと闘う気力を無くしてほしくないという強い思いがあるからです。, 患者さんやその家族は、「命」ではなく「いのち」を信じ、こうした思い込みに惑わされないようにしてください。, それは、多くの医師が余命宣告の意味を、患者が限られた人生を有意義に過ごすためだと考えているからです。, 映画や小説などの中では、余命宣告された人が好きな人に会い、やりたいことをやって、旅行に行って……という美しいストーリーが描かれていることもありますが、現実はそんなに簡単なものではありません。, 余命宣告は、とても残酷であり精神的苦しみは極度に達し死の恐怖に苦しみ、深い悲しみと成り自分自身を追い込んでいきます。, 残された家族のこと、仕事のこと、かわいがっている愛犬のこと、友達のこと、幸せだった今日までの人生が、映画のシーンのように思い出され、別れの悲しみが襲います。同時に死の恐怖におののいて眠れない夜が続くのです。, 人が行き来と充実して生きられるのは、夢や希望があるからです。未来に様々な目標や夢を思い描いてこそ、有意義な人生を送ることができるのです。, 患者さんの本心はどんな状況であっても、苦しみを越えて前に進みたいのでしょうか。その気持ちをサポートするのが医師の役割でもあります。, 患者さん一人ひとりには、医師にもわからない素晴らしい「潜在的生命力」が秘められています。だからこそ医師は安易に余命の計算などせずに、患者さんの可能性を信じ、最大限に引き出すサポート役に徹するべきです。, 人は誰でもいつのには、遅かれ早かれ人生の最期を迎えます。永遠に生き続ける人などどこにもいません。, つまり、すべての人に余命があります。それは数分かもしれないし、何十年かもしれません。しかし、誰にも余命ははかれないので、死を意識せず毎日生きているだけのことです。だから余命宣告を受けたとしても、「がん」という新たなリスクに対する余命計算がされたに過ぎないのです。本当のところ、がんが発症する前の自分の余命と、大きく差があるかさえわからないのです。, しかし、余命宣告された患者さんは余命があることが、人間にとって当たり前だとはなかなか受け入れられません。自分の人生の終末をいつか訪れる自然なものとして受け入れるのではなく、迫り来る恐怖としてとらえてしまいます。, そのため、必ず悲しみと苦しみが伴います。ネガティブな感情に打ちのめされた患者さんには必ず前向きに闘う力は残っていません。, たとえば余命3か月と言われたら、その患者さんは病気を意識し、死を意識することで絶望的になり寿命は縮んでいってしまいます。, ところが同じ病状の患者さんでも、医師に2、3年は大丈夫と言われると力が湧いてきます。そして病気を克服しようという夢と、その夢に向かって闘う勇気が生まれてくるのです。実際にそういう状況によって寿命が延びることもあるのです。, だからこそ、余命宣告されたとしても病人然として寝込んでいるよりも、楽しく日々を送った方がよいのです。, もちろん、食事もとれず高熱が出ている人に外に出て遊び回れと言うことではありませんが、かえってがんのことなど忘れて、変わらない日常生活を過ごしている方が、免疫力が高まることもあります。, 普通に食事を摂ることができて、今まで通りの日常生活を営むことが可能であるにもかかわらず、医師に余命宣告されて、週末の支度などを元さんがいたら、私はあえてこう投げかけます。, 「今日一日でも、全国で多くの人が、交通事故や不慮の事故で氏を迎えているのです。癌と言っても、あなたは今行動し、食事も摂取でき、日常生活もできるのでしょう。それなら、余命などと考えるのはやめて、あくなき生に向かって闘ってください。がんはあなたに闘うチャンスを与えてくれ、あなたは生きて今がんと闘っているいるのです。あなたががんとの闘いに勝つことができたとき、新しい第2の人生が待っているのです。がんに打ち勝ったあなたにしか与えられない新しい人生が始まります。」, 家族や友人と楽しい時を過ごしたり、おいしい食事に舌鼓を売ったり、好きな趣味に没頭することは、まさに人間に与えられたかけがえのない人生のひとときです。, 例えがんという病気と闘っていても「潜在的生命力」を信じることで、もっと前向きな人生にすることができます。, もしかしたらがんという病気になったからこそ、家族への感謝の気持ちを素直に伝えることができたり、疎遠になっていた友人と旧交を温めたりすることで、家族や友人との絆がいっそう深まり、深い愛情を再認識できるかもしれません。, 食事のおいしさや趣味に打ち込む楽しさも、以前より深く味わえるようになるかもしれません。だからこそ今、この人生をおろそかにして、いつ来るかもわからない終末の準備に心を砕くことなどしてほしくないのです。, そのためには患者さん自身も、自分の命を医師任せにしないという覚悟を持ってください。自分の身体のことや病気のこと、治療法についてしっかり知識を持った上で、医師と十分なコミュニケーションを図り、がん克服の努力をしてほしいのです。, 患者さんのそんな姿勢が医師を患者さんにしっかり向き合わせることにもつながるはずです。, 人には誰にでも「潜在的生命力」があるという話をしましたが、実際にどのような働きが体に作用してがんを抑制するのでしょうか。, つまり、「潜在的生命力」に気づき、前向きに治療に取り組んだ結果、がんと共存し克服できた人は結果的に自己免疫力を高めたことが功を奏したといえるでしょう。, 私たちの体の中には、ウイルスや細菌などさまざまな異物が入り込んできます。これを見つけて撃退するのが免疫システムの仕事です。, ただしこの異物は外から侵入するものばかりではありません。がん細胞のようにもともと自分の細胞であったものが何らかの事情で変異して、本来の自分のものではなくなって″異物〟になる場合もあります。免疫とはこのように「自己」ではない異物、つまり「非自己」の存在を撃退して「自己」を守るシステムということもできます。, このシステムはとても精密にできていて、体に入ってきた異物をすぐに退治できるように細分化された役割分担と、相互に連絡を取り合うネットワークシステムが全身に張り巡らされています。, 免疫システムを担うのは、白血球として血液中に存在する免疫細胞です。免疫細胞にはさまざまな種類があります。, たとえば、「マクロファージ」という免疫細胞は、別名「貪食細胞」とも呼ばれ、体内に侵入したウイルスや細菌、ホコリなどの外敵を見つけては取り込み、いわば貪り食うように処理していきます。自分で処理できなくなると、外敵が来たと他の細胞に外敵の目印(抗原)を伝えて助けを求めます。これを抗原提示といいます。, この知らせを受けると「ヘルパーT細胞」という免疫細胞が「B細胞」に抗体(外敵を撃退する武器)を作れと命じ、B細胞から抗体が生み出されて外敵が攻撃されます。, このように体内をパトロールして外敵を発見したり、自分の組織に取り込んでしまう細胞もあれば、抗体という武器を作って攻撃する細胞もあります。, さらに仲間が外敵を認識しやすいように目印をつける細胞もあれば、その目印を頼りに外敵を攻撃する細胞などもあります。私たちの体はこうして、驚くほど精密な免疫システムによって外敵から身を守っているのです。, 免疫とはこのように、侵入してきた異物から身を守るための総合的な防衛システムをいうのですが、攻撃の形によって大きく二つに分けることができます。, ひとつは、前述のマクロファージに代表されるような体に侵入する異物を手あたり次第に攻撃する方法。これは本来、私たちの体に備わっている自然な免疫システムという意味から「自然免疫」と呼ばれています。風邪やインフルエンザのウイルスなどは、この自然免疫システムによって体から排除されていきます。, 自然免疫細胞のなかには、このほかにも体中を常にパトロールしながら、がん細胞やウイルスに感染した細胞を見つけ次第殺していく「ナチュラル・キラー(生まれつきの殺し屋)細胞=NK細胞」やがん細胞を攻撃するよう指令を出し周囲に枝のような突起を伸ばす「樹状細胞」、細菌やカビを貪食・殺菌する「好中球」などがあります。, もうひとつは、がん細胞を攻撃する指令を受け取るヘルパーT細胞やB細胞です。樹状細胞とT細胞は巧みな連携プレーによってがん細胞を攻撃します。, ヘルパーT細胞やB細胞のように異物の情報を獲得して抗体を作り、攻撃するシステム。これは後天的に獲得する免疫という意味で「獲得免疫」といいます。, この種の細胞にはほかにも異物の情報を受け取ると、その対象に照準を絞って殺す「キラーT細胞」や、攻撃を終わらせる「サプレッサーT細胞」などがあります。, はしかや破傷風などのように、小さい頃に摂取するワクチンは、この獲得免疫のシステムを使った病気の予防法です。あらかじめ無毒化したウイルスを体内に入れてT細胞やB細胞に記憶させておくと、同じウイルスが入ってきたとき即座に撃退できるからです。, インフルエンザのように、予防接種をしてもかかってしまうことがあるのは、せっかくT細胞やB細胞にウイルスの型を記憶させても、インフルエンザのウイルスの型は毎年微妙に変わってしまうため、敵だと認識できないことがあるためなのです。こういう場合にはせっかく予防接種をしていても、結局新たにウイルスの情報を受け取るまで戦闘態勢には入れないわけです。, このように、免疫細胞の種類は大きく二つに分類することができるわけですが、それぞれのグループが単独で働くわけではありません。たとえば自然免疫のマクロファージが助けを求めると、その情報を獲得免疫の司令塔であるヘルパーT細胞が受け取り、B細胞に指令を出すといったようにそれぞれの細胞が巧みな連係プレーを行っています。, とても不思議なことですが、 医学的にみればいつどのようになってもおかしくないような末期がんの患者さんが自らの生命の原点を見いだし、再び生きる目標を持って、がんと闘う勇気を奮い立たせたとき。体の中ではがんの進行が止まり、多少縮小しはじめるなどして肉体が「がんと共存」することは、けっして珍しいことではありません。, 7年ほど前の患者さんですが、肺がんで肺に1センチぐらいの腫瘍があり、私は強く手術を勧めました。ところがその患者さんはどうしても嫌だといって手術を拒否してしまいました。, しかし、それから7年も経っているのにその患者さんは元気なのです。がんは消滅したわけではなく、毎年検診のレントゲン検査で必ず指摘されるのですが、腫瘍は変化なく現在も憎悪していないのです。いわば体の自然治癒力が勝ったというべきでしょうか。いずれにしても現在は彼の肉体は、がんと共存していると思われます。, がんがあるのに大きくも小さくもならないというように「がんと共存」している人の例は他にもたくさんあります。そういう人はもしかすると、無理に手術により切除することにより、余計に悪い結果になっていた可能性もあります。 切除しなかったことが幸いしているのかもしれません。もちろんそれほどがんが悪性でなかったのかもしれないし、その人の頑強な精神力が、がんに対する免疫力を高めていたのかもしれません。おそらくは、そんないくつかの幸運が重なった結果なのでしょう。, だから必ずしも、がんを消滅させようと考えることはありません。がんを消そう消そうと思うと、患者さんの心にはかえって焦りが生じてしまいます。これは免疫力を高めるうえでもけっしていいことではありません。むしろがんと「共存」し、5年も6年も元気に過ごしている人はたくさんいるのです。だからこそ、がんはなくならなくても、体に悪い影響さえ出なければいいのす。そして、共存することです。, 「がんと共存」などという考え方は、現代の医学の教科書に示されているものではありません。けれども人の体には、そういう不思議な力が確実に備わっています。だから、たとえ数パーセントでも望みがあるなら、けっしてあきらめてはいけないのだということを、知っておいていただきたいのです。, これも、がんになったからこそ手にすることのできる、もう一つの人生のあり方でもあるのです。.