今は結末の印象によって寧ろ清々しく、 表題作はとにかく一読の価値ありです。, 桜の花の満開はあまりに美しい。そして、あまりに美しいものには、不気味がある。ふとした瞬間に冷静では居られなくなりそうな何かが。 たぶんそんな感じのお話。, 1906年、新潟生まれ。評論家、小説家。おもな著作に『風博士』『堕落論』『白痴』など。1955年没。 左様に考えると、この作品を能楽の演目にしたら 『桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)』(坂口安吾) のみんなのレビュー・感想ページです(208レビュー)。作品紹介・あらすじ:なぜ、それが"物語・歴史"だったのだろうか-。おのれの胸にある磊塊を、全き孤独の奥底で果然と破砕し、みずからがみずから火をおこし、みずからの光を掲げる。 近頃は桜の花の下といえば人間がより集って酒をのんで喧嘩していますから陽気でにぎやかだと思いこんでいますが、桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足)という話もあり、桜の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。(99ページ), 「わたくしは人の世の者ではございませぬ。月の国の姫にかしずく侍女のひとりでございますが、あやまって姫の寵愛の小笛を落し、それをとって戻らなければ、再び天上に住むことがかないませぬ。不愍と思い、それを返して下さりませ」(65ページ), ペチャペチャとくッつき二人の顔の形がくずれるたびに女は大喜びで、けたたましく笑いさざめきました。「ほれ、ホッペタを食べてやりなさい。ああおいしい。姫君の喉もたべてやりましょう。ハイ、目の玉もかじりましょう。すすってやりましょうね。ハイ、ペロペロ。アラ、おいしいね。もう、たまらないのよ、ねえ、ほら、ウンとかじりついてやれ」 女はカラカラ笑います。綺麗な澄んだ笑い声です。薄い陶器が鳴るような爽やかな声でした。(116ページ), 「なんで牛に生れなければなりませんか」「それは申すまでもない。この容態ではとてもこの世で酒が返せないのだから、牛に生れ変ってきて、八年間働かねばなりませんぞ。それはちゃんとお釈迦様が経文に説いておいでになることで、物をかりて返せないうちに死ぬ時は、牛に生れてきて八年間働かねばならぬと申されてある」(144ページ), 貴様も久しく俺に仕えながら俺の力がまだ分らぬか。上方の風雲をよそに連日茶の湯、囲碁、連歌の会、俺は毎日遊んでいたがさ、この日この時の策はかねて上方を立つ日から胸に刻んである。家康と三成が百日戦う間に、九州は一なめ、中国を平らげて播磨でとまる。播磨は俺のふるさとで、ここまでは俺の領分さ、と吹きまくる大法螺、蓋し如水三十年間抑えに抑えた胸のうち、その播磨で、切りしたがえた九州中国の総兵力を指揮して家康と天下分け目の決戦、そこまで言いたい如水であるが、言いきる勇気がさすがにない。(248ページ), そして夜の肉体は、又、あまりにも淫縦だった。あらゆる品格、あらゆる悔いがなかった。すべては、ただ、あるがままに投げだされ、惜しみなく発散し、浪費し、行われ、つくされていた。それ自体として悔い得る何物もあり得なかった。惜しまれ、不足し、自由ならざる何物もなかった。涙もあった。溜息もあった。笑いもあった。歓声もあった。力もあった。放心もあった。悲哀もあった。虚脱もあった。怒りもし、すねもし、そして、愛し、愛された。(303ページ), 「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげればそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」(317ページ), 「彼は白刃の下、一寸の距離をはかって身をかわす沈着と動きがある。これはツバメが生まれながらに空中に身をかわす術を心得ているように天性のものだ。凡人が学んでできることではない」(402ページ).

眼前に広がる圧倒的な虚無。この空虚な世界を生きていかなければならないという救いようの無い恐怖。そんな孤独の中に存在する美。孤独とは美そのものなのだ。 安吾らしい冷徹さと温かみの混在した、 この短編集はとにかくすべてが美しい。 野田版 桜の森の満開の下 感想 ―幻想的で美しい終盤が印象的― 概要. 虚空。 「花の下は涯がないからだよ」  (○は敢えて申し上げませんが、 野田 秀樹『贋作・桜の森の満開の下』の感想・レビュー一覧です。電子書籍版の無料試し読みあり。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。 「2019年 『復員殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」. [夜長姫…]「好きな物は呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。… いま私を殺したように立派な仕事をして・・・」この一文が全て。恐ろしい小説。, 安吾は大好きな作家です。十年振りに読み返しましたが、やっぱり今読んでもいいなぁ。文体とか、ほんとに好みなんだなぁ。講談社のこの文庫に収録されているのは逸品揃いで、結局全て再読。『二流の人』エグいエピソードと間のいいカタカナ使いで安吾らしい戦国歴史絵巻。講談を聞いてるみたいで、するする読めて、ワクワクしちゃう。表題作と『夜長姫と耳男』は寓話的ゆえ、ついついこれらの物語が何を意味しているのか、などと分析してしまいそうになるけれど、それはつまらない。もう、そのまま、読むだけ。世界に浸るだけでいたい。, 坂口安吾が好きすぎて、冷静に判断できないのだけど

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浄化されてゆく感覚を抱いています。 桜の幻影に惑わされ、男が見ていた夢なのか、はたまた誰かの夢なのか。 ラストの余韻は最高である。, 毎年桜の時季になると、必ずこの本を開きます。

中々趣があるのではないでしょうか。 坂口安吾の「桜の森の満開の下」と「夜長姫と耳男」を元に、野田秀樹が脚本を書き上げた作品。歌舞伎として上演されたこの作品だが、シネマ歌舞伎として映画館で上映されたので観劇。 感想のまとめ. 桜の満開のその後に、哀しみを覚える理はないと感じるのです。, 深い群青色の闇夜に淡くぼうっと浮かぶ桜の花。 春夜の冷気が頬を撫でる。一瞬で散っていく花びらに、孤独さと空虚さと。風が生暖かく変わり季節が移ろいでいく様子に、かすかな期待と終わりが無いという絶望を感じる。 昔はこの作品に恐怖や畏怖の念を強く感じていましたが、 なぜ、それが"物語・歴史"だったのだろうか-。おのれの胸にある磊塊を、全き孤独の奥底で果然と破砕し、みずからがみずから火をおこし、みずからの光を掲げる。人生的・文学的苦闘の中から、凛然として屹立する、"大いなる野性"坂口安吾の"物語・歴史小説世界"。, [桜の森…]桜は本来は畏怖の対象だったというグッとくる書き出し。美しさの中にグロテスクが内包された幻想的な怪奇小説。亭主を殺された美女は、殺した山賊を尻に敷き山賊の女を殺させる。都へ移り山に戻り桜の森で鬼となり桜となる。なんとも身勝手な女と欲のままに生きた山賊。なのにどうして儚い物語になるのか。ただ或る桜の森に対して得体の知れない恐怖と耽美を感じる不朽の名作。 坂口安吾の「桜の森の満開の下」と「夜長姫と耳男」を元に、野田秀樹が脚本を書き上げた作品。歌舞伎として上演されたこの作品だが、シネマ歌舞伎として映画館で上映されたので観劇。, 歌舞伎らしさも失わず、それでいて現代的で親しみやすい作品。コミカルな序盤から気がつくと幻想的で壮大な世界が広がり、夢の世界に迷い込んだかのような素晴らしい構成。凄まじい滑舌でテンポよく繰り広げられる言葉遊びや、コミカルから一瞬で空気が切り替わる見得、巧みな無音の活かし方といった歌舞伎らしさもとても良い。時に気弱で時にとても力強い耳男、無邪気さと狂気を合わせ持つ夜長姫の演技がとても素敵。クライマックスのシーンは幻想的で美しく、涙が止まらないほど美しい光景だった。, 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。, コミカルな展開から夢か現かわからぬ幻想的な世界が広がり、国造りの物語へ展開していく。気づけば壮大な夢の世界に迷い込んだかのような素晴らしい構成。, 終盤に姫が鬼を見つける度に鬼が斬られ、国の境界が決まっていく。あの姫の狂気と無邪気な声で作られる光景は幻想的で恐ろしくも、とても美しかった。, クライマックスでの挿入歌は歌舞伎では…あまり見ないスタイル?和では無かったけれど、あの幻想的な光景にぴったりだった。, 矢鱈と多い現代的なギャグは個人的にかなり苦手。個人的にはこれさえなければと言うぐらい苦手。好きな人は好きだろうけれど、せっかくあの世界に没入しているところなのに、現実に引き戻されてしまう感覚がするので残念。, 耳男は変化が激しい役柄で、その演技がすごかった。気弱な青年、取り憑かれたかのように弥勒を掘る鬼のような形相、成功の夢に浸る様子といろいろな面をコミカルに、時に力強く演じていて凄い。見得を切るシーンの力強さがとても素敵。特に好きなのは終盤で、あれだけ姫を恐れていた彼が、あの素敵な表情で姫に手を差し出すシーンで涙が止まらなかった。姫を殺してしまった後の最期の会話、そしてあの慟哭も凄まじくて、後半は涙が止まらないほど素敵だった。, 夜長姫は本当に凄かった。凄かったとしか言えないぐらい素敵な演技だった。無邪気さと狂気を合わせ持ち、一瞬で切り替わる恐ろしさ。何度ゾッとしたことかわからない。恐ろしさの中に妖艶さもあって、この世のものではない恐ろしくも美しい姫だった。満開の桜の下でのシーンはどれも印象的で、無邪気に「みーつけた」と死を楽しむ恐ろしさ、そして声のトーンが変わり鬼となる場面、最期の別れとどれも本当に素敵だった。, オオアマも印象的。最初の優男な様子から、野望を成し遂げんとするあの力強い見得の切り方、その後の恐ろしさととても素敵だった。, マナコは最初はコミカルな小悪党。その印象とのギャップが強いからか、見得を切るととても格好良い。見れば見るほど好きになっていく魅力的なキャラ。.