慶応2年9月に喀血し、その7ヵ月後の慶応3年4月に亡くなりました。 「労咳で喀血するのは末期症状。 ちなみに、慶応2年6月の第二次長州征伐の前から調子が悪かったそうです。 © 2020 レキシル(Rekisiru) All rights reserved. まだ10歳という幼い時期に家族と別れ、試衛館に弟子入りしなければならなかった幼少時代。 |

現代で言うところの肺結核だったというのは、有名な事実です。, 池田屋での戦いの最中に喀血するというエピソードが、長い間史実と信じられ、数多くの映画や小説、ドラマなどでもそのように描かれてきました。, しかし、最近では、 新撰組の沖田総司もこの労核により命を落としたといわれている。 どきっとした。 沖田総司と総悟。 同じような名前を持った男が隣の席でくーくー寝息を立てながら 堂々と授業中に居眠りをかましている。 まさか、こいつが病気に罹って死ぬ様なキャラではないとは思うのだが。 いっつも喧 病で戦えなくなり、江戸に戻っても、家族は江戸から離れてしまい、ひとり寂しく生涯を終えることになりました。, 新選組の幹部として活躍する以前、試衛館時代から、総司はその天才剣士振りを発揮していたようです。

「本来なら明らかに出動すべき場面」 !新撰組と殺し屋と幕末の時代背景。斬新な設定に読む手が止まらなかった。新撰組の沖田の飄々とした人物像も面白く、夜汐の得体の知れない幻想的な面も興味深く、変わり行く時代も絡ませて、とても面白かったです。, 司馬遼太郎の有名小説です。この本の主人公は、少年時代「バラガキ」とよれるほどに悪童だったのちの新撰組副長・土方歳三です。, なぜ沖田総司の本として紹介するのかと思われるかもしれませんね。全体として新撰組の活動がストーリーとなっているため、新選組をとりまく歴史のながれが把握しやすいこと、登場する沖田総司が若者らしい愛らしさで描かれていてお勧めできること、の2点が理由です。, 個人的に沖田総司を好きになったのは、この本に登場する沖田総司を初めに読んだことと関係しています。また、土方歳三が主人公であることによってその後(新撰組の終焉)まで物語がつづくところも読み応えがあると感じられます。, 通勤電車で本を開いて、数行読めばたちまち幕末の京に叩き込まれる。宵闇の路地。月明かりに鈍く光る剣を振る、突く、走る。もう何度めだろうか。いつ読んでもその描写に惹き込まれ、流れる展開におもわず呻る。あまりの巧みさに、歴史の虚実があいまいになる。司馬さんはそういう「小説家」だ。いや小説職人とでもよびたくなる。喧嘩師から副長へ。歳三は新撰組という組織の機能のみを追求する。政治的なイデオロギーとは対極の「思想」だ。組織を作り、その組織のなかにあって歳三は、だがひとりで考え、ひとりで生きている。だから格好いいのだ。, 骨太な沖田総司のストーリーを読みたい方にお勧めしたいのが本書です。刊行は1970年代と40年以上経過していますが、古臭さは微塵も感じられません。, 新選組最強、幕末最強といわれても、実際は一人の青年にすぎない沖田総司です。新選組では一番隊組長を任されながらも、組織運営をリードする局長、副長に従い、淡々と任務をこなしてゆきます。, あどけなさや天真爛漫な性格をにじませつつも、やがて病魔に侵され、隊を離れてゆくのはどんなにつらいことだったでしょうか。沖田総司の人生を追体験したあとの読後感は、とにかく「頑張ろう」と思えること。若くして散った総司の分まで「生きなきゃ」と思わせてくれる作品です。, 先日楽しんだ朗読活劇の原作。沖田総司というか、新撰組の物語を読むのが初めてなので、ここで描かれている人間関係やその密度や描写がどの程度事実で、どのくらいが作者のフィクションなのかが判らないが、あとがきにある作者が何故この作品を書くに至ったかの思いを読み、なるほど、と思った。 沖田総司と言う人物と、彼の人生そのものの新撰組の真実のみを知りたいなら、もっと複数の書物に触れる必要があるだろうけれど、沖田総司と言う伝説的な青年の伝説の側面に触れるなら楽しく読める1冊だった。個人的には山南さんとの関係が良かった。, 小説という分類にいれたものの、本作は伝記といってよいほどに史実中心にまとめられた作品です。それだけに、沖田総司の試衛館で過ごした少年時代から、京での新選組としての活躍、隊を離れ亡くなるまでの人生を、確信を得つつ読みすすめることができます。, また、数多く刊行されている沖田総司本の根源をひも解いているような感覚もあり、興味深いです。イメージとして大づかみにしていた部分のディテールを読むのはとてもスリリングなものですね。, 今回はじめて沖田総司を知ったという方も、これまで沖田総司の関連本を読むなどして興味を持たれた方も含めて全ての人にお勧めできる沖田総司本であると思いました。, 沖田総司さんが大好きだ。新撰組を知っていろいろな本を読みあさり、新撰組が好きになった。その中で、沖田さんは別格だ!幼い頃から両親と死別し、試衛館にあずけられ近藤勇や土方さんと仲良くなり、道場では天才的な剣、有名な沖田の三段突きだ。いつもは冗談ばかり言ってたらしい。友達になれそう。この本は参考文献の正確さや、作者の想像により構成されているため読後も沖田さんの謎は解けない。しかし、労咳に犯されて剣を振るえなかった沖田さんの想いを想像すると悲しく切ない。幕末を飾る最後の光。それが剣士沖田総司だと私は信じる。, 沖田総司がテーマの本書ですが、ほかの書籍と切り口が異なるのは「周囲の人がみた沖田総司」のエピソード集であるという点だと思います。, 沖田総司の人生は、さまざまな書籍を読めば大筋知ることができます。例えば小説やマンガなど必ずしも史実に忠実でない作品であっても、イメージは持てるのです。でも、周囲の人がみた沖田総司はどうだったのだろう?という視点があると、より具体的なイメージに近づくことができるのですね。, 収載されたエピソードは、どれも切なく、印象深いものです。短編集のため、少しの時間でもあれば読み進めることができますね。通勤や通学などの移動中に読むのにも適しています。, 沖田総司ファンの著者による、沖田像は明朗爽やかで初々しい、女性が好む所の「沖田総司」であった。生々しさがなく何処までも澄んだ空の様な、肉体を持たない精神で出来たかのよう。現実味がなくとも私が求める「沖田総司」に近かく、『うなぎ』から『五月闇』まで泣き通してしまった。十六の頃から好きだった私は『千鳥』『くちなし』の沖田から想われる2人より『とし女壬生ばなし』の片想いのとし女に感情移入してしまった。, 新選組についてはフィクションで語られることが多く、想像上の姿が先行しているため、一次史料からわかる実際の新選組のことが書かれている本書はとても貴重な一冊です。あまり一般には知られていないような史料も紹介されていて、勉強になります。, ただ、幕末の政局の流れをある程度理解してから読んだ方がわかりやすいでしょう。出てくる歴史用語に不慣れな人には、ハードルが高いかもしれませんが、逆に言えば、歴史学上の新選組を知りたいなら、最適の本です。フィクションを通して私たちが勝手に抱いている新選組のイメージは、見事に打ち砕かれるでしょう。, 確かな史料に基づき新選組を論じた一冊。先の読めない幕末の京都政局において、局長・近藤勇はどのような政治観で挑んだのか、そして他者からはどう見られていたか。そこからは名うての剣客集団ではなく、有志による政治集団として新選組が浮かび上がる。, 一次史料や二次史料に対する向き合い方、巷にあふれる俗流歴史本への憤りなど迫力のある記述が続く。ある程度の前提知識が求められるが、新選組に関する学術的な興味を満たしてくれる本であった。, 新選組の史料、とりわけ沖田総司の史料となるとほとんどないに等しいのですが、そんな中でも実際の新選組隊士であった永倉新八と島田魁の日記はとても貴重で、新選組の本当の姿を知りたいならぜひ読みたい史料です。, しかし、あくまで日記なので活動報告が淡々と書かれているため、解説や訳がついていないと読むのが大変なのですが、本書はその点をカバーしてくれています。同じ著者で「新選組と沖田総司」という本もありますが、本書の方が史料としての内容が濃くておすすめです。, 永倉新八の「浪士文久報国記事」と、島田魁の日記。原典に即した文を上段、現代語訳を下段に掲載してあるので、わかりやすい。また、間に著者からの解説も入るので、必ずしも読みやすいとは言えない永倉、島田の文が、より理解しやすくなっている。, 標題のとおり、土方歳三と沖田総司の書簡(手紙)をあつめた書籍です。字は人を表す、とはよく言われることですが、本書を読むと本当にそのとおりだと感じさせられます。, 書簡から、当人が文字を書いていたその瞬間を想像することができるのは、やはり貴重な体験だと思います。また、ちょっとした言い回しや言葉使いで、本当の人間模様がつかめる気もします。これまでのイメージと違うなと感じる部分もかなりありました。, 当人たちはまさか「後世に自分の書いた手紙が本になって出版される」なんて夢にも思わなかったでしょうね。そんなことを思いつつページをめくるのは、なんだか申し訳ないような、でも面白いような、複雑な心境になる本です。, 手蹟は人を表す。土方の字はとても流麗で堂々としていて、さすが発句する人、といった感じの達筆です。沖田は一字ずつ律儀に書く楷書に近い感じ。払や撥ねなどは自由に筆が踊っていますが、字の間隔も狭くただ書き連ねているという印象。手習いは好きではなかったのかも(笑)字を見る限りでは土方の方が行間も多くとり伸び伸びとした印象です。沖田の「病気なのでお見舞いには行けないけど、直に良くなるから心配しないで」の手紙は、彼の優しい人柄を思わせるようで心にしみます。彼らが本当に生きて存在していた証なのだなあとしみじみ。, いかがでしたでしょうか。今回は、「マンガ編」と「小説編」「資料編」の3つの切り口から14冊の本をご紹介いたしました。, 幕末の華である「新選組」。その中でもひときわ光彩を放つのが、最強の剣士ともいわれながら早世した沖田総司です。, 浪士や志士というと、なにか歴史上の特殊な人というイメージがつきまといますが、中身は現代の若者となんら変わりのない青年です。ただ置かれている社会的な状況であったり、個人的な状況から新選組に参加したり、或いは離れたりといった経緯があったにすぎません。, この記事を読んでくださった方の心に、国を想い、仲間を想いつつも若くして散った沖田総司という青年のイメージが形成され、新しい書籍との出会いへと繋がっていただけたら幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました!. 新選組好きであればこの人を知らない人はいないでしょう。どちらかと言えば女子人気が多いでしょうか。, 若くして新選組最強の実力を持ち、現代では華奢なイケメンで描かれる新選組一番隊隊長・沖田総司(おきたそうじ)さん。, 新選組を全国区までにした「池田屋事件」では病気で吐血してしまうという事態に!こういうのも女子は「キャー!キャー!」するのです。, 剣の才能に恵まれた青年でしたが、早い時期に発病してしまい、若くして命を落としてしまいます。, 1842年(または1844年)、現・西麻布にあった江戸屋敷で生まれたとされております。, 9歳頃、剣術で大人に勝ったということから、江戸市谷(現・新宿区)にあった天然理心流(てんねんりしんりゅう)道場・試衛館(しえいかん)の内弟子になりました。9歳の子供が大人に勝つ姿なんて想像つきませんね。, 後の新選組局長・近藤勇(こんどういさみ)さんや、副長・土方歳三(ひじかたとしぞう)さんとは同門にあたります。内弟子とは、住み込みで働く弟子。同門は、同じ生徒みたいなことです。, 新選組2番隊隊長・永倉新八(ながくらしんぱち)さんは、「土方歳三でも沖田総司にかかれば子供同然、本気になれば師匠の勇でもやられただろう」と語っております。末恐ろしいです。, 沖田さんは、手練れ揃いの一番隊の隊長を任され、一番隊は最重要任務をこなしていきます。, 当時の局長・芹沢鴨(せりざわかも)さんや大阪西町奉行所・内山彦次郎(うちやまひこじろう)さんらの暗殺など。芹沢鴨さん暗殺場所である八木邸には沖田さんの刀傷跡が残されております。, これには確証とされるものはなく、「昏倒」と記録されているものはあるのですが、「吐血」したという記録はないのです。原因も病気ではなく、蒸し暑い中の戦いだったために、「熱中症」ではないかとも言われています。, 結核からの吐血は、後々の脚色の可能性がありますね。不謹慎ながらこの吐血は沖田さん人気のひとつだと思います。イケメンは何をしても絵になるってやつです。, 半年後、兄のように慕っていてた新選組総長・山南敬助(やまなみけいすけ)さんが脱走してしまう事件が起こります。, 新選組には局中法度「隊を脱するものは切腹!」という掟があるため、沖田さんが山南さんを追いかけることになりました。, 命じられたのは沖田さん1人。そこには、昔からの付き合いである近藤さんや土方さんも助けたいという思いがあったのかもしれません。, しかし、山南さんもゆっくりと逃げていたため、皆の願い実らず追いついてしまうのです。, この事件は、新選組最大の悲しい出来事だと思います。この頃より新選組の輝きが消えかかっていくような気がしますね。, 江戸幕府が滅び、明治に入ると、新政府軍vs旧幕府軍の「鳥羽・伏見(とばふしみ)の戦い」(京都)が開戦します。, その後、「甲州勝沼(こうしゅうかつぬま)の戦い」(山梨)に参加しますが途中で離脱。, 新撰組は敗戦を重ね、子供の頃から共に歩んできた近藤勇さんが敵に捕まり斬首されてしまいました。, 近藤さんの死は最後まで沖田さんに知らされず、「近藤さんはどうされたんでしょうね?お便りはきませんか?」と死の間際まで口にしていたといいます。, そして近藤勇さんの死から2ヵ月後、享年25(27?)で息を引き取りました。お墓は六本木にあります。, 「若くて、剣が強くて、明るくて、ちょっと病気がちで色白な美少年」ともなれば人気が出ないわけありません。, 記載があるのは「ヒラメ顔で笑うと愛嬌のある色黒」、「猫背」、「長身」といった感じ。うーむと言った感じです。, 新選組の中には「美男5人衆」といった方たちもいたらしいのですが、沖田さんは含まれていませんでした。, 沖田さんの言葉に、「大刀を損じれば小刀を抜きなさい。小刀を損じれば鞘で、鞘を損じれば素手でも戦いなさい。戦場では誰も待ってはくれないのですよ。」と言っています。戦いへの厳しさと真面目さが伝わる言葉ですね。, 足音が一度しか鳴らないのに一瞬で3発の突きが放たれる技です。目の前に沖田さんがいたらと考えると恐ろしいです。, そんな沖田さんが江戸で病床にいた時、庭に現れる黒猫を切ろうとしますが、「ああ、斬れない。俺は斬れないよ。」と言いました。どのような気持ちから出た言葉だったのでしょう。, このような話が残されているからイケメンで描写されるのか、イケメンだから話が格好よく語られるのか。, 例え語られる話が脚色されていたとしても、その人の人間性が魅力的だからこそ人気も上がるものだと思います。, このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。, 【維新の十傑】 明治維新の立役者10人!明治初期には皆が亡くなっている?(その2).