〔出演〕山口祐一郎、浦井健治、保坂知寿  https://www.amazon.co.jp/gp/browse.html?node=3479195051, ○浦井健治撮り下ろしグラビア 撮影:小林ばく 浦井健治 part31 547 ... 健ちゃんファンの人だよね? 531 ... 536 名無しさん@公演中 2020/11/03(火) 12:37:38.27 ID:cFT/W9Vf. シェイクスピア

・ 浦井健治スペシャルインタビュー 稽古場見学日記 森蔵日記@舞台オタクのシンプルライフの[ 浦井健治くん Kenji Urai ]カテゴリ全106記事中1ページ目(1-10件)の記事一覧ページです。 2016年08月14日 10時19分48秒, Last updated 

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インタビューでは、シェイクスピアについて語ってる。, ウィリアム・シェイクスピア, 雄志, 小田島: リチャード二世 (白水Uブックス (11))今、新国立で上演されてる『リチャード二世』はこの小田島訳が使われています。, オノ・ナツメ: リストランテ・パラディーゾなんかTVで紹介されていたんだって?嬉しいな、大ファンだから。 k 事件が原因なのかわからないけど浦井くんツイートしなくなったよね 伊礼さんは前よりも書いているのに ○浦井健治 15年の軌跡  コメント (5), 第三部。160分。ほぼノーカット。ありがたかった。 ヘンリー六世(浦井健治)は、ヨーク公(渡辺徹)やその取り巻きに退位を迫られ、やむをえず「自分が死んだあとは、ヨークを王に」と約束してしまう。が、その体たらくに呆れ、重臣たちも離反し、王妃マーガレット(中嶋朋子)も激怒してヘンリーを置き去りにして兵を挙げる。戦いは王妃軍vsヨーク軍で激しくなり、ヨーク公は王妃軍に捕らえられ、なぶり殺しにあう。 そこからは互いの軍勢の中での裏切り、変わり身が横行し、一進一退を繰り返して、死屍累々。王ヘンリーは従う者が誰一人ない状況で、戦場をさまよい、捕らえられ、遂には王冠を剥ぎ取られて、王冠はヨーク公の長男エドワード(今井朋彦)の手に渡る。王でなくなったヘンリーはロンドン塔に閉じ込められる。 ヨーク家の三男リチャード(岡本健一)は、ヨーク家が勝ちをおさめるに連れて、自分が台頭したいという欲望を隠さなくなる。自分にとって邪魔な人間を順番に殺していくことにして、リチャードはひとりロンドン塔に出かけて行き、ヘンリー六世を刺し殺す。  という物語。怒涛の第三部。恨みと呪いと権力欲に満ち満ちていた。最高に面白かった。その中で、輝きを放っていたのは浦井ヘンリーと岡本リチャードで、この二人を中心にこのシリーズが脈々と続いていったのも当然。 ヘンリーは赤ん坊の時から王であって、世間を知らず、政治力がなく、優しくてナイーブ。第二部までは、ひたすら軟弱なイメージなのだけれど、第三部になると内面を強く吐露する場面があって、心打たれる。(マダム周りで)名演出の誉れ高い、ヘンリーが戦場を彷徨うシーン。ヘンリーがなんと、ひとり空中ブランコに座って、天井から降りてくるのだ。そこで語られる独白。「王ではなく羊飼いに生まれればよかった」という長い独白が、素晴らしい。浦井健治には12年前に既に舞台役者としての高い素質があって、演出家鵜山仁に見出され、9時間に及ぶ物語を生きて、花が開いた瞬間だと思った。 そのあとブランコの上から、戦場で息子を殺してしまった父親や、父を殺してしまった息子の嘆きを目撃する。このブランコの演出は、ずっと語り継がれなくちゃいけないすごい演出だよ…。 そして岡本リチャード。あのせむしで激しく傾く歩き方は、出てきた瞬間ものすごいインパクトだったし、並々ならぬ役への入魂だ。第二部の終わり頃からずっと、彼から目を離せなくなる。敵方の赤い旗(舞台一面を覆う巨大な布)を、掲げる剣で真っ二つに切り裂きながら走っていく格好良さ。欲望を隠さない台詞の巧みさと、世を恨むエネルギーに圧倒される。 最後にロンドン塔でヘンリーを刺し殺すシーンの言葉の対決。最後は誇り高い言葉を放って死んでいくヘンリーと、何もかもなぎ払って進むリチャードに、火花が散って見事だった。死んだヘンリーを「別の部屋に放り込んでやる」と叫んで岡本リチャードが足を踏み鳴らすと、床がぱっくり開いて、ヘンリーの屍体を飲み込んでしまうのだ。なんという演出。 2009年、新国立劇場の芸術監督としての最後の作品で、渾身のやりたい放題した鵜山演出、勝利の瞬間だったね。  こんな終わり方したら、リチャードのその後が見たくなって当然だよね。シェイクスピアと鵜山仁の計略にまんまとはまる私たち。 また長くなった。その3で『リチャード三世』のことをちょこっと書いて、名残惜しいけど、終わりにしよう。, 2020年11月 2日 (月) 芝居 中継録画, シェイクスピア, 岡本健一, 浦井健治 | 固定リンク 素敵なオジさん(おじいさん?)ばかりが働いてるレストランの話。画が渋くて、お話はカラッとしてて、ヨーロッパ映画のような味わい。オノナツメの代表作(マダム選)です。, 中島 京子: キッドの運命少しSFテイストの未来小説短編集かとおもいきや、「二度目の原発事故で日本という国が消滅した後」の物語。極めて現実と地続きだった。でも深刻じゃなくて、カラッと乾いてて、笑う。6つのお話すべて面白いけど、「種の名前」が大好きです。, BEST STAGE(ベストステージ) 2020年 11 月号 【表紙:小瀧望(ジャニーズWEST) 】 [雑誌]リチャード二世について語る、岡本健一vs浦井健治の対談が載ってます。これまでの長いカンパニーの歴史が感じられる言葉に、胸アツ!, 丸山 正樹: 刑事何森 孤高の相貌警察の本流から外されてしまった一人の刑事の物語。本流から外れているからこその誠実さと頑固さが魅力的で、3編目の「ロスト」は、息をのんで読んだ。 本体価格:2,000円(税抜き) 浦井健治

| インタビューでは、シェイクスピアについて語ってる。, ウィリアム・シェイクスピア, 雄志, 小田島: リチャード二世 (白水Uブックス (11))今、新国立で上演されてる『リチャード二世』はこの小田島訳が使われています。, オノ・ナツメ: リストランテ・パラディーゾなんかTVで紹介されていたんだって?嬉しいな、大ファンだから。

堤真一 シャルルの小冒険 ~劇団☆新感線スピンオフ作品 2016年06月12日 23時58分33秒, Last updated  補足1、おっしゃるとおり、ヘンリー六世は「王としては」優しすぎ、「王としては」神経が細やかすぎる人だった、ということですよね。あと、権力に興味がなかった。そこが致命的な人です、王としては。 マダムの青春遍歴 マダム ヴァイオラ |

【東京公演】10月8日(水)12:00〜10月17日(土)12:00 ○浦井健治自作の童話掲載 シュッチのミュージカルとカフェブログ 2020年11月08日 11:09. コメント (0), このシリーズをずっと見続けてくると、時の流れこそ主役であって、登場人物の誰か一人が主役なんじゃないと、そう思えてくるんだよね。  ヘンリー・ボリングブルックも、はじめはその他大勢の貴族の一人に過ぎなくて、王の気まぐれによって追放され、財産を没収されたことに普通に異議を唱え(まあ、唱えるよね、普通)、そうしたらみるみるうちに味方になる人が増えて、気づいたら王位を譲渡されていた、という描かれ方だ。王が臆病すぎ、貧弱すぎたから起きたことで、ボリングブルックが特別、勇敢だったり野心があったり高潔だったりしたわけじゃないのだ。 浦井健治のボリングブルック、それを忠実に体現してた。恰幅のいい壮年の貴族。たくさんいる貴族たちの中に紛れている。衣装も周囲と同じような衣装だし。発言も特に人をうならせるようなものは無いし。 それが、王に押し上げられヘンリー四世となって王冠をかぶり王の衣装を着て現れたとたん、空気が変わる。(それはもちろん、マダムが『ヘンリー四世』と『ヘンリー五世』を観ているからでもあるんだけど)ああ、あの衣装、あの姿に確かに憶えがある。ハル王子の父親が着ていた純白の衣装。そして息子のことを気にかける「だれか、私の放蕩息子の近況を知らぬか? あれの顔を見なくなって、かれこれ三月にもなる」というセリフ。もう一気にいろんなことが押し寄せてくる瞬間・・・。 つながっているんだね。ここから始まったのだね。自動的に続けて『ヘンリー四世』を観たくなってしまう。これでずうっと次々観たくなってしまうメビウスの輪の完成だ。はまる。  ちょっと作品の話から外れるけど、もうどうしても書きたいので、個人的な思いを書きますね。 このシリーズに出演することがなかったら、今の浦井健治っていなかったと思う。きっと本人もそれを知っている。 確かにイケメンですらっとしてて良い声で歌がうまい若者ではあったので、ミュージカルの世界でそれなりに台頭してただろうと思うけれど、日本のミュージカル界って、教育システムを内蔵してないでしょ(四季とか宝塚とかはあるけれども)。もちろんストプレ界も教育システムが確立してるわけじゃないんだけど、意図せず、このシリーズが彼を育てた、という点は見逃せない。 シェイクスピアの台詞をちゃんと伝えるのって特別な訓練を要することだし、中心的な役をやるためには、大げさじゃなく身を投げうって打ち込まないと成立しない。彼の「自分を無にして唯、役を生きることに専念するとある時、突然すごいところに到達する」芸風は、このシリーズを通して体得したものだと思ってる。これ、別に彼だけの特殊な芸風ではなくて、俳優の仕事って本来そういうものなのだけど。 マダムもこのシリーズがなかったら彼のファンになってないかも。  さて、その他の役者さんのことや演出のこと、まだまだ色々あるので、その3へ。, 2020年10月10日 (土) 芝居レビュー, シェイクスピア, 岡本健一, 浦井健治, 横田栄司 | 固定リンク Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved. 見られそうだし、まさに全てがつながる!

映画のまわり 【通常盤】DVD内容 映画 ■『王家の紋章』, 〔原作〕細川智栄子 あんど芙〜みん M03. デスノート ~ミュージカル「デスノート The Musical」より 新国立のこのシリーズはホントに大河ドラマとして繋がっていて、まさに奇跡です。そもそも歴史劇を上演すること事体少ないのに、こんな風に全体の流れを見据えた演出がされてるなんて、贅沢なことです。少しでも皆にそれを伝えたいと思っています。, 投稿: « ミュージカル俳優浦井健治ファンのための『リチャード二世』予習講座 前置き | 【レギュラー番組】 詳しくは[ INFORMATION ]ページをご覧ください。 幕があがるという希望を持ち続けたいと思います。, あっぷるさま。 闇が広がる ~ミュージカル「エリザベート」より 5 2016年06月26日 10時59分04秒, 6/12マチネ、新国立劇場プレイハウス(中劇場)にて『あわれ彼女は娼婦』を観て参りました。, Last updated  コメント (4), 少しばかり難しい話になるけど。演出の話。 シェイクスピアの演出で最近多いのが、何かを「位置づける」演出だ。たとえば、「シャイロックをユダヤ人差別の告発者」と位置づけるとか。「リチャード二世をゲイの夢想家」と設定して演出するとか。場所を置き換えて精神病院や刑務所の中に設定するとか。現代的視点でシェイクスピアを引き寄せようとすれば、「位置づける」のは当然の手法ではある。さいたま芸術劇場の蜷川演出『リチャード二世』は、その白眉だった(ホントに素晴らしかった。そのときのレビュー、後で読んでみて。レビューは→胸の底を揺るがす『リチャード二世』その1 と→その2 )。  その一方で、「位置づけない。ひとつに決めない」演出というのもあるのだ。鵜山演出とはそういうことじゃないかとマダムは思う。 もっと言えば「切り口を決めつけない演出」。シェイクスピアの書いた台本から読み取れるものを最大限すべて目の前に提示する。台本の声に耳をすます、というか。現代的解釈によって何かを排除しない。解釈の余地を観客に残す。選択を、なるべく観客に委ねる。そういう演出。 もちろんそれができるのは、シリーズだから。これ1本で興味をひいて観客を満足させなければならないとなると、話が違ってくるものね。  シリーズを観終わってはっきりしたのは、「シェイクスピアって一流の商売人だ」ってことよ。シェイクスピアが生まれ変わって現代にいたら、ジョージ・ルーカスみたいな人じゃない? だって、一本観終わるたびにこっちの脳内に「to be continued」って出るでしょ。シェイクスピアを、名だたる文豪、最高の芸術家、と紹介されて(確かにその通りなのだけど)気後れする前に、まずは「450年前のルーカスじゃん。しかも芸術性も兼ね備えた凄いやつ。」と受け取るほうがいいのでは? シェイクスピアは一人で黙々と作品を書いてたんじゃない。最初『ヘンリー六世』を作って上演したら評判が良くて、「ねえ、この先は?この先はどうなったの?」という観客の要望に応えて『リチャード三世』書いて上演して、そしたら「なんでこんなことになったの?そこが見たーい」とかいう要望が来たので『リチャード二世』書いてちゃっかり、先が知りたくなるような場面(ボリングブルックが息子の行方を心配するシーン)なんかを入れ込んで「to be continued」してるわけ。 鵜山演出は、そのことを如実に示してくれた。マダムは教えてもらった。シェイクスピアが相当な商売人だってことも。 おかげでまた『ヘンリー四世』が観たくなっちゃったよ〜。エンドレスの欲望。  あと鵜山演出で言っとかなきゃいけないのは、女性の演出が丁寧で、考え抜かれているところ。 シェイクスピアは女性の登場人物が少なくて、このシリーズは特に少ない。そして上演のために本を切るとき、真っ先に切られる部分になりやすい。だけど、このシリーズではずっと、少ない場面が更に切られて無くなることがなかった。それどころか凄く丁寧に演出され、それぞれの立場からの思いが台詞にこもっていて、マダムの胸に残ってる。今回のリチャードを慕う王妃(中嶋朋子)はもちろん、『ヘンリー五世』で戦利品のように結婚させられる王女(中嶋朋子)の怯えた顔や、『ヘンリー六世』から『リチャード三世』に至る王妃マーガレット(中嶋朋子)の鬼畜のような姿。『リチャード三世』に自分の娘を差し出さねばならないと嘆くエリザベス(那須佐代子)、そしてリチャード三世を産んだことを後悔するヨーク公爵夫人(倉野章子)の呪いの言葉。 シェイクスピアは彼の時代の女性差別観にどっぷり浸かった人ではあるんだけど、それでいてどの人物にも公平に光を当てている。このシリーズを観てきて、改めてそのことを知ったの。  ずっと、岡本健一と浦井健治の演じる役を追いかけて観てきたけれど、最後に浮かぶのは「盛者必衰の理をあらはす」という言葉だったの。時の流れこそ、主役。始まりの物語が、いちばん最後に上演されたので、余計にそう感じたのかもね。 というわけで10年以上もの間マダムを楽しませてくれたシリーズが、終わる。寂しいです。なにかまた新しく始めてほしい。生きる希望を与えてください。, 2020年10月14日 (水) 芝居レビュー, シェイクスピア, 岡本健一, 浦井健治, 横田栄司 | 固定リンク