高校野球は球児の懸命なプレーでドラマチックな試合が繰り返され、ファンの心を魅了し続けています。その中で注目される有名強豪校について、主なメンバーの出身中学などを調べてみました。一応旧チームのデータも残してあります。少し紛らわしいかもしれませ 題材とした漫画を手がけてきた三田紀房の対談シリーズ。, 前編 人生は「運」で決まる!荒木大輔に学ぶ、幸運を掴む秘訣とは?

おそらく高校野球史上最大の社会現象を巻き起こした球児、 来歴. 【対談:三田紀房×荒木大輔(中編)】82’ 早実vs.池田の歴史的試合を荒木氏が振り返る!「池田高校は別格だった」荒木氏が語る池田の強さとは!? (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 95年は一度も登板することなく戦力外通告を受け、翌96年には横浜へ移籍するも勝利を手にすることは出来ずに現役を引退します。, 【桑田真澄】甲子園での成績、エピソードを紹介!最多勝投手!最多奪三振記録保持者!!, 【荒木大輔】甲子園での成績、エピソードを紹介!空前の大ちゃんフィーバー!最多黒星記録保持者!!. !】SKY-HI、ぼくのりりっくのぼうよみが語る!『インベスターZ』の魅力とは?, 【インベスターZ スペシャル座談会】三田紀房×SKY-HI×ぼくのりりっくのぼうよみ, いい仕事したけりゃ、自己管理しろ! 私の理想は「マンガ家の公務員化」だ【三田流マンガ論 Vol.10】, 人生を変える「お金」の話をしよう!Vol.2 本多静六(林学博士・造園家・投資家), マンガを描き続けることが最優先。些末なこだわりは持たない【三田流マンガ論 Vol.9】. 荒木は1982年のドラフト会議でヤクルトスワローズ(現;東京ヤクルトスワローズ)と読売ジャイアンツから1位指名され、抽選の結果、ヤクルトが交渉権を獲得することになる。, 荒木は根っからの巨人ファンで、「巨人以外なら早稲田大学に進学する」と公言していました。ヤクルトは何度自宅を訪問しても門前払い。荒木自身、「ヤクルトへ入団する気は0%で、100%進学だった」と後に語っている。, 最終的にはオーナーが直々に挨拶に出向き、その人柄が荒木だけでなく両親の心をも揺さぶり、ヤクルトへ入団することになります。, ヤクルトへ入団した荒木は高卒ルーキーながら開幕一軍をつかむと、1年目の5月には初先発・初勝利を飾り幸先の良いスタートを切ることになる。, しかし、1年目はこの勝利のみで防御率も5.97。2年目も0勝5敗で防御率7.18とプロの厳しさを知ることになる。, 転機が訪れたのは3年目。開幕こそ二軍でスタートするも後半戦には一軍に復帰し、初完投・初完封を大好きだった巨人戦であげると、後半戦だけで6勝をマークし先発ローテションの一角としてプレイしました。, 迎えた4年目のシーズンは開幕投手を任されオールスターにも出場したが、このシーズンも8勝13敗と負け越してしまう。翌年も開幕投手を任された荒木は、打線が強化されたチーム事情も手伝って初の二桁勝利をマークしたが、続く88年シーズン中に右肘痛に襲われ戦線離脱。トミー・ジョン手術を受けることになります。, しかし、リハビリに失敗し89年には再手術。さらに91年には椎間板ヘルニアの手術を受けるなど、怪我と手術を繰り返します。, 再度荒木が復帰を果たしたのは92年シーズン。野村克也監督の下、古田・池山・広沢などの活躍もあり優勝争いを繰り広げるまでにチームも変わっていました。荒木は9月に復帰登板を果たすと10月には先発として7回を無失点に抑え、1611日ぶりに勝利を手にします。荒木の復帰勝利で勢いづいたチームは14年ぶりのリーグ優勝を果たしました。, 93年には8勝4敗、防御率3.92の成績を残し、チームのリーグ連覇に貢献。日本シリーズで昨年敗れた西武ライオンズとの第1戦に先発したのは荒木。6回自責点2の活躍でチームの勝利に貢献、ヤクルトは4勝3敗で日本一を手にしました。, 94年は1勝で終わり、95年は一度も登板することなく戦力外通告を受け、翌96年には横浜へ移籍するも勝利を手にすることは出来ずに現役を引退します。, プロ入り後は開幕投手を任されるなどチームの主力選手として活躍する一方、幾度の怪我にも悩まされた荒木大輔。そして、ドラフト指名あいさつでオーナーが直々にあいさつに訪れるほどの選手だった荒木の高校時代とはどのような選手だったのでしょうか。, 荒木は1年生ながらベンチ入りし、準決勝の帝京戦で被安打3で完封勝利をあげる。エースの怪我により決勝の二松学舎大付属戦でも先発すると、この試合を完投で勝利し甲子園出場を決めます。, 初戦の朝、早稲田実業のメンバーが宿舎を出発する際に見送ったのは旅館を営む夫婦とアルバイトの女性を合わせたったの3~4人でした。, 試合は5回まで北陽を無安打に抑え、6回の先頭打者が内野安打で出塁するも終わってみれば安打はこの1本だけ。優勝候補を相手に完封勝利をあげます。荒木のこの大活躍は、爽やかなルックスと相まって女性ファンから絶大なる支持と人気を集めることになります。試合後、宿舎に戻ると世界が変わっていた。, 出発時の見送りが3~4人だったのに対し、宿舎に戻ると数百人のファンが待ち構え、人垣が宿舎の道路をふさぎバスが入れない程の状況に変わっていたのです。これが大ちゃんフィーバーの幕開けでした。, 2回戦の東宇治戦では8回1/3を3安打無失点に抑え、続く3回戦の札幌商業戦では4安打完封。準々決勝の興南戦でも3安打完封、準決勝の瀬田工業戦では7安打完封で見事に決勝進出を決める。決勝の相手は愛甲猛擁する横浜高校。投手戦が予想されていた試合は初回から打撃戦となり、早稲田実業にはエラーも続出した結果、準優勝でこの大会を終えました。, この大会以降の活躍も含め、世間では「大輔」が新生児人気名前ランキングの1位になるなど、大ちゃんフィーバーは社会現象として巻き起こり、後に甲子園で数々のドラマと春夏連覇を果たす松坂大輔の名前も松坂の母親が大好きだった荒木大輔から付けられました, このころから荒木は腰痛を発症し思い通りの調整が出来ないままに大会を迎えると、1回戦の東山戦で6失点を喫して初戦敗退。, 2年の夏も甲子園に出場した荒木は、1回戦の高知高校戦で1安打完封。続く2回戦の鳥取西戦でも8回を無失点に抑える好投で3回戦へと駒を進め、甲子園のアイドルは輝きを取り戻すことになりました。, 先頭の金村が出塁すると死球や連続二塁打で同点に追いつかれると延長10回裏にサヨナラ負けを喫してしまう。, 試合後に荒木は、「完全なアウェー状態。相手は地元の兵庫で早実なんて関係ない。甲子園でアウェーの状況で試合をしたのは初めてだったかもしれない。」とこれまでファンを味方にし続けた荒木が、初めて自分自身以外への応援の強さを感じた試合となった。, 一方の金村は、「顔じゃ負けるかもしれないけど、野球じゃ負けられない」と言ったというエピソードが残っています。なお、勢いに乗った報徳学園はそのまま全国制覇を果たします。, 4期連続の出場となった3年春の選抜は準々決勝の横浜商業戦で1-3と敗退するものの、3年最後の夏の大会も甲子園への出場を決め、5期連続の出場を果たす。, この大会を優勝候補として挑んだ早稲田実業は、1回戦の宇治戦、2回戦の星稜戦、3回戦の東海大甲府戦と順当に勝利し、準々決勝に駒を進める。, 3度挑んだ夏の甲子園において早稲田実業に勝利したチームがすべて優勝するという珍しい記録とともに、荒木自身も甲子園における最多黒星保持者(12勝5敗)として記録に残ることとなりました。, 1人の高校生が甲子園に出場できるのは最多でも5回であることから、この記録は一生更新されることのない記録なのです。, ⇒ 【桑田真澄】甲子園での成績、エピソードを紹介!最多勝投手!最多奪三振記録保持者!!.