右足が痙攣してしまい、この回で降板。するとチームは同点に追いつかれ、延長13回、ベンチで見守る奥川の前で、逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれ、甲子園敗退が決まった。 試合後、最後まで投げ切ることのできなかった奥川は涙が止まらなかった。 ©Get Sports. 高校野球の速報、日程・結果、動画、ニュース、写真など掲載。全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)、秋の国体、明治神宮大会を、ライブ中継(無料)で配信。朝日新聞社とabcテレビが提供する高校野球オフィシャルサイト。 2014年の第86回大会。選抜大会前年秋の明治神宮大会準優勝の日本文理は投打でチームの主軸を担う飯塚 悟史を擁し優勝候補として甲子園に乗り込んだ。その初戦で愛知の豊川との試合は両者一歩も譲らない投手戦となった。, 両者無得点のまま試合は終盤に差し掛かる。試合が動いたのは8回表。日本文理1番の星 兼太が中越適時二塁打で1点を先制。しかし豊川は9回裏に追いつき、試合は延長戦へ突入。試合を決めたのは豊川の5番佐藤 廉。延長13回裏、2死二塁で左中間を割るサヨナラ適時打を放ち、死闘を制した。両エースはこの試合で計373球を投じ、完投した。, 【この試合の投手成績】田中 空良 13回、189球、被安打13、12奪三振飯塚 悟史 12回2/3、184球、被安打10、11三振, そこから、飯塚は横浜DeNAに指名を受けプロ入りを果たし、田中は東邦ガスに進む。そして彼ら以外にも高校野球引退後も活躍する選手が多い。そこで今回は2014年春の1回戦を戦った豊川と日本文理戦士たちのその後を紹介する。, 投手 田中 空良 3年(東邦ガス)投手 阿部 竜也 3年(中京大)投手 浦田 年秀 3年(名古屋経済大), 捕手 氷見 泰介 3年(明治大-東邦ガス)捕手 今井 竜司 2年(明治大)捕手 前田 剛男 3年(名城大<準硬式>), 内野手 伊藤 竜平 3年(同志社大)内野手 島 快莉 2年(山梨学院大-伏木海陸運送)内野手 中村 胤哉 3年(愛知大)内野手 高桑 平士郎 3年(関東学院大)内野手 山田 洸太朗 2年(苫小牧駒澤大)内野手 吉村 誠也 2年(名城大)内野手 豊永 大輔 3年(中部大), 外野手 山田 大地 3年(皇學館大)外野手 杉浦 健太 3年(愛知大)外野手 武市 啓志 3年(名古屋外大-中部大) 外野手 大河内 聖登 2年(愛知学院大<準硬式>), 内野手 黒䑓 騎士 3年 (山梨学院大-全三郷倶楽部野球団)内野手 小太刀 緒飛 3年(早稲田大-エイジェック)内野手 池田 貴将 3年(東洋大-バイタルネット)内野手 新井 充 3年(駒澤大)内野手 海津 裕太 2年(法政大<準硬式>), 外野手 星 兼太 2年(東洋大)外野手 小林 将也 3年(駿河台大)外野手 竹石 稜 3年 (法政大<準硬式>), 延長13回を完投した両校のエース・田中 空良と飯塚 悟史はそれぞれ高卒で社会人、プロの道へ。, 田中は東邦ガスに進み、1年目から救援投手として公式戦で登板を果たす。2016年のJABA静岡大会の準決勝・王子戦で完封勝利を果たし優勝に貢献。この年の日本選手権も経験した。, 飯塚は夏の甲子園では準決勝まで5試合全て一人で投げ抜き、ベスト4入りに貢献。前年秋の明治神宮大会準優勝の実力を存分に発揮した。横浜DeNAから7位指名を受け入団し、今季でプロ6年目を迎え、セットアッパーとして飛躍を狙う。, 豊川の正捕手で主将の氷見 泰介は明治大に進学。通算19試合に出場し、大学卒業度は田中が在籍する東邦ガスに進み、高校ぶりにチームメイトとなった。, 当時2年の島 快莉は山梨学院大に進学し4年時は主将を務めた。今年から伏木海陸運送でプレー。, 9番・左翼手のして出場した山田 大地は皇學館大に進学。1年時に全日本大学野球選手権に出場し、大学でも全国の舞台を経験した。ちなみに弟は、大阪桐蔭から立教大に進んだ山田 健太。, 飯塚と中学時代からバッテリーを組んだ日本文理の鎌倉 航は法政大に進学。3年春から正捕手を務め、大学卒業後はJR東海に進む。, 夏の県大会決勝・関根学園戦でサヨナラ本塁打を放ち、甲子園を決めた小太刀 緒飛は投手としても飯塚と共に二枚看板を張った。早稲田大に進学し、小島 和哉(浦和学院-早大-千葉ロッテ)らと共にプレー。大学卒業後はエイジェックに進む。, 主将の池田 貴将は東洋大に進学。上茶谷大河(横浜DeNA)や甲斐野 央(ソフトバンク)などとともにプレー。公式戦出場は代打や代走がメインだった。現在は新潟市に拠点を置くバイタルネットに進んだ。, プロ入りを飯塚以外もまだ現役で硬式野球を継続する選手が多い両校の選手たち。今後の活躍にも注目していきたい。, ※記事の掲載者、掲載者の現所属、記録の事実につきましては報道各社発表の新聞記事、各野球連盟が発表する大会記録、各チームの所属調査、関係者取材により確認ができたものより掲載をしております。そのため、この情報が全ての情報ではなく、情報の一部となりますことご了承ください。, 関連記事◆【緊急企画】母校や応援している高校の球児たちに、あなたのエールを届けよう!◆21世紀枠候補校屈指の右腕・隼瀬一樹(伊香)の進化のきっかけは練習試合観戦【前編】◆21世紀枠候補に選出された伊香(滋賀) 滋賀学園に金星をあげることができた理由【前編】, 21世紀枠候補校屈指の右腕・隼瀬一樹(伊香)の進化のきっかけは練習試合観戦【前編】, 21世紀枠候補に選出された伊香(滋賀) 滋賀学園に金星をあげることができた理由【前編】, 豊川vs愛知産大三河【愛知県 2020年秋の大会 第143回 中日旗争奪 全三河高校野球大会】, 今永昇太、濱口遥大、東克樹、上茶谷大河が即戦力で活躍!森敬斗はファームの正遊撃手に!【ドラ1選手のルーキーイヤー】 【ニュース - 高校野球関連】, 【12球団ドラフト指名予想】独自路線を貫くDeNAの上位指名には高卒選手が必須? 【ニュース - コラム】, 第3回 【12球団ドラフト指名予想】独自路線を貫くDeNAの上位指名には高卒選手が必須?【プロ12球団ドラフト分析2020】, 第3回 高校野球を終えたキミたちへ 恩師からの手紙 ~日本文理キャプテン・平野貴史~【高校野球は空の色】, 第6回 愛知県注目の公立高校!愛知私学4強にも負けない魅力があった!【愛知の高校野球】, 第268回 夏の代替大会が開催されることを願って…。全国のドラフト・注目野手リスト一覧【ドラフト特集コラム】, 第6回 昭和の時代に北関東で躍進した工業校 前橋工(群馬)、宇都宮工(栃木)【高校野球の時代を作った商業校、工業校】, 第644回 鈴木裕太(日本文理)「すべては新潟県に優勝旗を持ち帰るため」【後編】 【2018年インタビュー】, 第642回 鈴木裕太(日本文理)『信越の剛腕』誕生の瞬間 【前編】 【2018年インタビュー】, 第516回 若林 尚希さん(日本文理出身)「県勢初の夏準Vに導いた名捕手が振り返るセンバツの思い出」 【2017年インタビュー】, 第217回 飯塚 悟史選手(日本文理高等学校) 【後編】 【2014年インタビュー】, 第216回 飯塚 悟史選手(日本文理高等学校) 【前編】 【2014年インタビュー】, 2017年大学選手権出場の和歌山大は24名が入部。甲子園出場メンバーや伝統校など出身校は様々, 計373球の熱戦!2014年選抜1回戦で延長13回の死闘を繰り広げた豊川と日本文理ナインのその後. トップ; ニュース; 高校野球関連; 計373球の熱戦!2014年選抜1回戦で延長13回の死闘を繰り広げた豊川と日本文理ナインのその後

藤高 俊彦(ふじたか としひこ、1959年4月18日 - )は、元社会人野球選手(投手)。右投右打。, 伊香高校では、3年時に1977年春の選抜に出場。1回戦で桜美林高に敗退するが、好投手として注目を集める[1]。同年夏は県予選準決勝で長浜商工をノーヒットノーランで降す。しかし決勝では比叡山高に敗れ、福滋大会には出場できなかった。, 卒業後は社会人野球の新日本製鐵広畑へ入社。1981年の都市対抗に西村基史と投の二本柱として出場。1完封1完投を含む3勝をあげ、東芝との準決勝でも先発するが、佐々木二三男(清工建設から補強)、黒紙義弘の継投に抑えられ敗退[2]。1981年ドラフト5位で西武ライオンズに指名(阪急との競合)されるが入団を拒否。1983年の都市対抗でも準決勝に進出、西村をリリーフし東芝の池田親興(日産自動車から補強)、川端順と投げ合うがまたもや敗退した[2]。同年9月のアジア野球選手権(ロス五輪アジア予選を兼ねる)日本代表に選出される。同年10月の社会人野球日本選手権も準決勝に進むが、住友金属に惜敗。その後も10年連続を含めて通算13回の都市対抗野球大会出場等アマチュアで活躍した。引退後は新日鉄広畑でコーチを務めた。, 1981年ドラフトで西武として初の入団拒否となったが、ドラフト前からその旨を表明しており、その理由として「身体が固いため、故障しやすい」、「技術がまだプロで通用するとは思わない」、「性格的にプロ向きでない」の3つを本人は挙げていた。西武の担当スカウトで高校時代から注目していた浦田直治は、「西武の投手陣の高齢化」、「1位指名(伊東勤)と同じ契約金を出す」、「高卒だと会社にいても出世できないだろう」など様々な口説き文句を並べるが、本人の気持ちは変わらず、結局は入団には至らなかった。, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=藤高俊彦&oldid=80305110.

毎週日曜日深夜1時30分より放送中、テレビ朝日系(※一部地域を除く).

藤高 俊彦(ふじたか としひこ、1959年 4月18日 - )は、元社会人野球選手(投手)。 右投右打。 概要・人物. ホームスポーツ「14球で終わらせます」星稜・奥川恭伸の宣言に隠された“ライバルとの絆”。, 10月17日(木)に行われたプロ野球ドラフト会議。指名を待つ選手にとっては、まさに運命の日だ。, 10月27日(日)に放送された『Get Sports』では、3球団競合の末、ヤクルトがドラフト1位の交渉権を獲得した星稜高校の奥川恭伸を特集。, 朝日放送テレビのアナウンサーで「熱闘甲子園」のキャスターを務めたヒロド歩美が、ドラフト会議当日に密着し、さらにドラフト1位になるまでの成長に迫った。, 150キロを超えるストレートに、多彩な変化球。怪物と言われた江川卓氏の1試合23奪三振の記録にも肩を並べた。, さらには日の丸を背負い、「U18野球ワールドカップ」でも好投。世界でも注目され、この大会で先発投手のベストナインにも輝いた。, ドラフト会議が始まる2時間前、奥川は「甲子園の方が緊張する」「前日もぐっすり眠れた」と落ち着いた様子。ドラフトで自らの名前が呼ばれ、ヤクルトに決まった瞬間も表情は変わらなかった。, それでも、指名後に、ヒロドアナウンサーが指名を受けた時の心境を聞くと「本当に安心していたのですが、何とか表情を崩さずにやろうかなと思っていました」とようやく笑顔がこぼれた。, そんな奥川が、野球を始めたのは小学2年生の時。幼少期から夢みていたのが「プロ野球選手」中学を卒業の時に選んだのは甲子園の常連で地元石川県の強豪、星稜高校への進学だった。, チームを指揮する林監督は、奥川が1年生の時には、ここまでの投手になるとは思ってもみなかったというが、ドラフト1位で指名されるまでに飛躍したのには“ある理由”があった。, 2年生で出場した夏の甲子園、2回戦の済美高校との戦い。奥川は先発し序盤から好投を見せていたが、5点リードの4回のマウンドで異変が起きた。, 右足が痙攣してしまい、この回で降板。するとチームは同点に追いつかれ、延長13回、ベンチで見守る奥川の前で、逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれ、甲子園敗退が決まった。, 3回戦、強打を誇る智辯和歌山から三振の山を築いていく奥川だったが、延長11回、またしても右足の痙攣が襲った。, しかし奥川は、ここから150キロのボールを連発。「何度も心が折れそうになった」と語りながらも最後まで投げ切り勝利へと導いたのだ。, 「初めての経験で、すごく苦い思い出でもありましたし、あの負けっていうのも一つ自分を成長させてくれたんじゃないかなと思います」(奥川), プロとなりヤクルトのユニフォームで、再びそのマウンドに立つことを楽しみにしているという。, 今年のドラフト会議で1位指名をされた高校生はなんと7人。そのうち、奥川を含めた6人が18歳以下の日本代表メンバーだった。, そんな仲間でもありライバルでもある存在の中でも、大きな刺激を受けたのが高校最速163キロ右腕、ロッテのドラフト1位、佐々木朗希(大船渡高校)だ。, 日本代表合宿で、奥川は佐々木のボールを目の当たりにし、自信を失くしかけた一方で、ストレートだけではなく、コントロールや変化球など総合力で勝負しなければいけないということに気付かされたという。, 奥川は甲子園での疲労から大会序盤は登板することができなかったが、チームメイトの投手陣たちが奮起する。, 決勝リーグとなるスーパーラウンドで投げさせたい、奥川のためにも負けるわけにはいかないと、次々と好投を見せた。, そして迎えたスーパーラウンド第1戦のカナダ戦。奥川は、ついにこの大会初めてのマウンドにあがることになった。, 「他のピッチャーもしんどい中で頑張っている姿を見ていて、絶対チームの力になりたいなって。そこでもう一回燃えたというか、絶対試合で投げて抑えたいなと思いました」(奥川), 仲間たちの思いを受け止め、先発として次々と三振を奪っていく中、7回のマウンドにあがる直前、奥川は“ある宣言”をした。, ここまで90球を投げていた奥川は、次の1イニングを14球で抑えるという宣言をしたのだ。, 最初のバッターを6球、続くバッターを4球に抑え、最後のバッターは3球三振。宣言通り、14球で抑える圧巻のピッチングを見せた。, 奥川がドラフト1位になった裏には、甲子園での経験、ライバルたちの思いに応える好投があったのだ。, 甲子園でも世界の舞台でも、どんな逆境に立たされても常に笑顔で挑んできた奥川。プロの舞台でも「必笑」を胸に、マウンドで躍動してくれるに違いない。, ※番組情報:『Get Sports』 伊香高校では、3年時に1977年 春の選抜に出場。 1回戦で桜美林高に敗退するが、好投手として注目を集める 。 同年夏は県予選準決勝で長浜商工をノーヒットノーランで降す。